24日のワグネルの反乱は反逆を未然に防げなかったプーチン政権のふがいなさもあり、ロシアもいよいよ終わりかと波紋を呼んでいるが、余所から見ると良く分からない所が多くある。
まず、プリゴジン、スロビキンといった首謀者がどの時点で行動を決意したのか。スロビキンについてはワグネル繋がりで真っ先に疑われる将官であったこともあり、いち早く進軍中止の声明を発したが、彼と舌の根も乾かぬうちにロストフでプリゴジンと談笑していた(スロビキンと連名でワグネルを非難していた)アレクセーエフ、後に出てきた「仮免」副司令官のミザンチェフといった顔ぶれを見るに、「これは処刑リストか」と思えるほどにテレビにはショイグを除くワグネル派以外の将官は登場しなかった。
動機については結構こじつけに近いものがある。ワグネル「副司令官」のミザンチェフは「マリウポリの肉挽き屋」という仇名をウクライナ軍から頂戴しているが、その時点でも彼に部隊の指揮権はなく、担当していたのはウクライナ軍との交渉と避難民の検問で、それまでの履歴も事務屋なので、これはCIAでも疑問の声がある。小泉悠の説ではこれがプリゴジンをそそのかして反逆に及ばせたことになっているが、作り話の観は拭えない。そもそも彼がワグネルに再就職したのは5月である。
スロビキンについてはシリア内戦絡みでプリゴジンと関係を深めたとされるが、実はフルンゼ陸軍大学出身のエリートである。空軍司令官から「南」方面指揮官に抜擢されたのは戦線視察に赴いたゲラシモフが負傷した直後であり、前年の上級大将への昇進でもゲラシモフの後継者と目されていたことがある。ワグネルなどに関わらなくても、いずれロシア軍で最高の地位を占めることはゲラシモフとの年齢差(12歳)もあって確実だった彼が反逆に加担する動機は見出しにくい。
実はプリゴジンも結構怪しい。彼がプーチンに呼び出されたのはキエフの戦いでロシア軍が大敗した直後であり、その後しばらくの間は一介の事業者としてワグネルとの関わりさえ否定していた。彼が戦闘服を着て戦場に赴いたのは10月も近い頃の話で、その後は消耗戦でビジネスマンとして旨味のある話はほとんどなかった。ケータリング事業の付随サービスというワグネルの性格を見ればかなりの赤字で、大損をさせられたことで復讐心が芽生えたことはあるかもしれないが、そもそもの最初から彼はロシアの意思決定の蚊帳の外だった。国防相のショイグは放埒に走りがちな彼の軍隊を国防省の統制下に置こうとしていたが、彼にその反発以上の考えがあったとは考えにくい。
※ このプリゴジンがヨーロッパ有数の岩塩坑であるソレダルの塩山とワインにこだわったことがバフムトでの阿鼻叫喚の悲惨な戦いの元凶となった。
ウクライナでの戦いは巨大な軍隊が連々と戦線を形成した独ソ戦とは異なり、小規模な機動連隊が各個に襲撃して敵に損失を与える戦い方になっている。ウクライナのザルジニーが成功したのも中級以下の指揮官に権限を移譲して各個に判断して戦闘することを推奨したからで、これは陸戦というより海戦に似ている。艦長など中下級指揮官の資質が勝敗に影響するのであり、ワグネルは傭兵集団という性格から、たまたまこの素質をロシア軍の中では先天的に持っていたことがある。
※ モスクワの戦いでスターリンは「兵力が足りない」とこぼしたとされるが、その時の彼の兵力は110万人だった。
プリゴジンの反逆はルカシェンコが指摘したような戦闘に従事していた各級指揮官の不満を代弁したもので、上意下達を徹底するロシア式の戦い方では戦死者ばかりが増え、勝てないことを彼らに直訴されたことがある。彼にそれ以上の考えはなく、粗野な言動も相まってクーデターの首謀者としては役者不足であることが否めない。
実はクーデターなどなかったのではないかと思えるが、疑心暗鬼に囚われたプーチンが彼らを粛清するにせよしないにせよ、ロシア軍にはあまり時間がなさそうなことがある。愚かにも爆破したカフホカ・ダムのせいでカフホカ貯水池の水は干上がり、今や対岸はほとんど地続きである。
※ ロシア軍がダムの爆破を戦略に組み入れていなかったことは貯水池沿岸の要塞群が他の部分に比べて手薄なことでも分かる。
プーチンはザポリージャ原子力発電所を爆破して放射線被害でウクライナを壊滅しようとしているが、この原発は構造上の欠陥のあったカフホカ・ダムとは異なり、内にも外にも頑丈すぎるほど頑丈な設計で福島などとは比較にならず、外からの破壊にはグスタフ列車砲のような武器が必要で、もちろんロシアにはなく、貯水池を爆破してメルトダウンさせるしか仕様のないものになっている。
※ ウクライナは到達が容易になったこの発電所の奪取を目論んでいる。発電所に到達し、ロシアによる爆破を阻止して27時間以内に用水を供給すれば唯一温熱停止の5号機のメルトダウンは回避することができる。
英国製のストームシャドーがチョンガル橋を破壊したことは大きな影響があり、弾薬の補給路を立たれたトクマク要塞は砲撃のペースを一時落とした。陸続きになったカフホカ貯水池を渡って遊撃隊を送り、後方を撹乱すれば武器も食糧も欠乏した要塞は防禦力を大きく低下させる。それが可能である点、陥落は時間の問題であると言える。そしてトクマクが落ちれば、ウクライナ軍はクリミア半島まで一直線である。
※ スロビキン逮捕の影響でロシア空軍の活動は停滞しており、弾薬不足から砲撃のペースも鈍化している。
その頃にプリゴジンやスロビキンといった今回のクーデターに加担した面子が処刑されずにいるかどうかは分からないが、このクーデターはあったにせよなかったにせよ、戦争の流れを変えるようなものではなかったことはあるように思う。
(補記)F-16提供の影響
ウクライナ軍ではレオパルドと並んで期待のF-16だが、投入できるのは秋以降である。ロシアの戦闘ヘリKa-52は低空を飛行してスティンガーより僅かに射程の長いレーザー誘導ミサイルでウクライナ軍に損害を与えているが、これは戦闘機のルックダウンレーダーでミサイルを撃つことで無力化することができる。が、F-16の視程外戦闘能力はロシアのMig-31に劣り、ヘリを撃墜するには40~30キロまで接近する必要がある。これは余裕でミグ機のレーダーレンジに入る。空対空ミサイルの性能はほぼ互角だが、ミグに撃墜されずにヘリを撃墜するには高性能なレーダーか空中指揮機の支援が必要になる。パッケージにそこまで含まれているかは定かではないが、含まれていない場合、戦闘ヘリに苦戦しているレオパルド同様、戦闘機はその能力を十分に発揮できない可能性がある。