おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!
クリスマスだって!?
みんなどうせあれだろ?ずっこんばっこんしてんだろ?明日の夜とかさぁ
もうどうすりゃいいんだよww
っはい。
というわけで今回は僕の大好きなMosin-Nagant Sniper Rifle
の話をしましょwww
モシン・ナガン狙撃銃
Mosin-Nagant Sniper Rifle

有限会社ケーティーダブリュ様からお借りした写真 http://ktw-co.gonna.jp/
概要

弾薬はM1891と同時に開発された7.62mm×54Rを使用する。
リアサイト(照門)はタンジェントサイトで、距離表尺の標示には、ロシア帝国独自の単位であるアルシンが使われていた。
全長は約130cmで、世界各国の同世代の小銃と比べて最も長い。
銃剣はスパイク型を使用。第二次大戦中のソ連軍では、銃剣は着剣状態で携行するため、鞘が付属しておらず、銃剣状態で射撃することが基本とされていた。照準も着剣状態に合わせて調整しているため、銃剣を外して撃つ場合、改めて調整し直さなければならなかった。
歩兵用の小銃の他、騎兵用に10cmほど短くなったドラグーン・ライフル、ドラグーン・ライフルと同じ長さだが着剣できない、コサック・ライフルの3種類があった。
歴史

戦を生き抜いた。
モシン・ナガンはロシア帝国陸軍のモシン大佐と、ベルギーの銃器設計者ナガン兄弟の手により開発され、1889年にロシア帝国軍のトライアルに提出される。使用弾薬の7.62mm×54Rも同時に開発された。1891年にロシア帝国はモシン・ナガンの採用を決定し、M1891の名称を与える。しかし、当初の生産は国外銃器メーカーに依頼する形であり、国営造兵廠で生産が始まったのは少ししてからの話である。その後、騎兵銃などのバリエーションも開発されて第一次世界大戦とロシア大戦で使用された。
1930年には照準器に記された数値をメートル法に直すなどの改良を行ったM1891/30と呼ばれるモデルがソ連で採用された。これが第二次世界大戦におけるソ連の主力小銃となり、大戦中に実に1200万丁が製造された。
セルゲイ・イワノビッチ・モシン

セルゲイ・イワノビッチ・モシン(ロシア語: Сергей Иванович Мосин, Sergei Ivanovich Mosin, 1849年4月2日または4月14日 - 1902年2月8日)は、ロシアの軍人、銃器設計者。モシン・ナガン小銃の設計者として特にその名を知られる。
トゥーラに派遣されたモシンはベルダン・ライフル(英語版)の開発に携わり銃器技師としてのキャリアを積み始め、やがてナガン(英語版)兄弟との協力の元に開発した小銃がモシン・ナガンM1891として帝国軍の制式小銃に採用されたのである。その後、大佐まで昇進したモシンはセストロレツク兵器廠の主任技師に就任した。
動画
基本的にmosinが好きになったのってavaのおかげなんよね
ってことで今回は以上っす
んじゃ