徒然なる -26ページ目

徒然なる

以前は(現在、私は幸せを引き寄せている最中です。そしてそれは、かなりいいところまで来ています。)

現在は、私は引き続き幸せを引き寄せ続けている最中です。
それは今まで気がつかなかっただけで、幸せはいつも身近にあるのでした。

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徒然なる
理想的な「こそ練」の場所を偶然に見つけちゃったのでした。
本道からはずれて、ドングリの一杯落ちている細道を登っていくと、突然目の前が開けて整地された芝地になります。
四方が高木に囲まれているので、風の影響もほとんど受けません。軽量な電動飛行機、パークプレーンには絶好の場所と言えるでしょう。

早速、小一時間練習をしてまいりました。ちょうど、天候も雨となり久々に充実した飛行ができました。帰宅の途中で雨も降り出しましたが、濡れずに済みました。



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徒然なる

結果的に、役に立つ立たないは別として、とにかくやってみる。


超人的なパワーを持つと考えられる、超能力者。そういう方が居るかどうかは別にしても、ありえないお話ではありませんね。

実際にお会いした事はありませんが、千日行とかの難行苦行を達成された阿舎利様などはそのいい例なのかもしれません。


浅学でございますので、その真偽は定かではありませんが、真言密教、空海系の、山野を修行の場としているお坊さんなどは、行を達成した人などは、この超能力、備わっているのではないでしょうか。


そっち系の読み物を少々かじった事がありますが、念力は、根本的にイメージする能力なのだそうです。

しかしその集中力たるや、半端ではありません。何か一点の思考をイメージ化して何時間も思い続けるのだそうです。これ、普通の人では数十秒が限界だそうで、必ず何秒か後には雑念が入り込んでくるそうで、とても何時間も続けて、唯一つの事を考えていられるものじゃないと書かれてました。


真言とは、サンスクリット語なんだそうで、翻訳してない元々の言語で呪文を、今風に言えばアファーメーションを唱える、そうでないと効果が薄いと考えられてるようです。


例えば、念力に関連のある「不動明王」は「ノーマクサンマンダーバーザラダンセンダーマカショーラソワタヤウンタラターカンマン」であるそうですワ。


で、これはマネできないので、せめて手印(ムドラ)でもやってみたら何か変るかと。これは、いわゆる陰陽師系とか忍びの者の、九字「臨兵闘者皆陳烈在前」護身法の手の形です。

「猿飛佐助」とかNARUTOに登場する「自来也」、大蛇丸のイラストに見られますアレです。


以下、ネットより

手印は生命エネルギーの流れを制御するために、手でいろいろな形を作るものです。古代インド、とくにベンガル湾一帯で、5世紀から10世紀を中心に長い期間にわたって流行したタントラの技術の一つです。映画「陰陽師」で、陰陽師が体を様々に動かし(ヤントラ)、手印(ムドラ)をし、呪文(マントラ)を唱える場面がありますが、その手印です。

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人生をより良く生きるためのヒントは、その辺にいくらでも転がってるもんだ。

「一葉落ちて、天下の秋を知る」とか。


ま、もっとも、樹木の葉っぱが一枚落ちて、「あぁ秋か」なんて思う人はよほどですが、もう少し早く気付けよってツッコミを入れたくなりますが、これはそんな事を言ってるんじゃないのです。


枯れ葉が落ちて、ま、一枚だけ落ちるなんて事もないのですが、要するに、大自然の秋という全宇宙的な大規模な現象を、葉っぱが落ちたことで始まっていくんだねと、些細なことから、類推して壮大な思索を引き寄せるみたいな感じなんだなとの気付きってとこかな。

(ま、私の考えなのであてにはなりませんけどね!)


さて、昼食も終わりまして、本日は汁物にとん汁をチョイス、で、空いた器を捨てるために流しで水洗い。

蛇口をひねりますと勢い良く水が器に落ちてきます。

あまりにも水流が強かったために、いくら水を流しても器には溜まりません。

そこで、私、ピーンと来ましたね。


このままの状態であれば、今後どれだけ時間をかけても器に水が溜まることはありません。

蛇口をちょっと戻して、水流を弱めるか、器の位置を変える必要があります。

つまり、今の状態を変えなければ、期待した結果が得られないと言う事です。


器に水を溜めるのに、水道の蛇口をひねる。これは、まったく正しい行動なのです、方法が間違っているわけではありません、しかし、蛇口を開けすぎても、器の位置が違っていたらダメだと言うことですネ。


結局、期待した結果が得られない場合、そのまま時間を過ごすより、とにかく何かを変える行動をしなければならないということです。


ま、そんなこと、いまさら言われるまでもないですワネ!(`・ω・´)

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タイトルで既に「書けないですね」と言ってしまっていますね!


最近、何か世知辛く、心に余裕みたいなものが無くなったのか、ユーモアのセンスが錆びて来ているように感じる。

ま、それは今に始まった事ではないのかも知れないが・・・おやじギャグほど寒いものは無いって事かもね。物言えば唇寒し秋の風なのか、ちょっと愚痴っぽかったり、人に対して批判がましかったりしてるのかも知れないと反省しきり。


さて、夕べの話。大の男三人が、一人の女性に翻弄させられた出来事でした。あ、違った大の男4人だった・・・

先ずそれは事務連絡のメールから始まる、と、それに返事を返した男が一人。

その返事には、これからの行動計画があり、女子も時間が有るので合流をとの返事、その場に居合わせた2人の男も誘われた、不承不承に合意し更にもう一人に連絡、話がまとまり、女子が少ないと言う事で、新たに一人の女子に連絡、こちらも不承不承ながら合意。


で、事務連絡で終わっていれば何事も無く通常業務に戻れたものを、不承不承ながら承知してしまいさらには、比較的関係の浅い人物にまで同道を求めてしまった。これで、当の本人が集合場所に現れなかったら・・・


それは、ずばり的中、複雑な人間模様は行き場を失って右往左往して結局は霧散霧消に、誰も得をしない出来事でありました。


これは見方を変えれば、コミュニケーション能力を試されたような一日であったと言っていい。

昨日は、六曜で言う友引と言う日が関係しているのどうかは定かではない。

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あんなに暑かった日々が去って、といっても、日によっては、日中はまだちょっと暑かったりしますが、紅葉も里まで降りて、道にも枯葉が舞い落ち冬の訪れを告げています。季節はもはや冬なんですね。

日の暮れるのが早くなり、夜が長く感じられます。


ま、読書の秋とはよく言ったもので、特にこの時期が読書にむいてるのでしょうか、何と書くほんを手にとって読んでみたりします。あ、最近は手に取るのはタブレットだったりしてね。


久々に、「青空文庫」のベスト50の中からエドガー・アランポーの「黒猫」読んでみました。

何故、動物好きで、自分でも優しいとか温厚であると言っていてる主人公が変ってしまったのか、ま、特にその事は話の主題から外れてはいるのですが、ちょっと気になりましたね。


さて、以前に回数を重ねるなんて書きましたが、この文字を読むろいうことも重ねるとどうなるのでしょう?

私は、どちらかと言うと本を読むのが苦手です、若い時期に、外で遊ぶのが好きで、そのような訓練を怠ってしまったのが原因だと思います。それでも後年では何とか勤めて読むようにしていて、最近何とかそこそこのスピードで読めるようになってまいりました。

これも、「回数を重ねる」結果なワケです。


で、ある程度文字に慣れてくると、そこからの情報量が多くなると言う事を実感いたしました。

以前は、比較的俯瞰した、例えれば、読んでいる本からの距離が遠かった(老眼じゃなくてサ)ように思いますが、最近ではそれがやや近く感じます。

と言いますのは、物語の作り出すイメージの中に自分自身が入り込んでいるとでも申しましょうか、それこそ、比喩すれば、首を左右に振れば、そちらの方向の風景までも見て取れると言う状態ですね。


つまり、リアリティーが格段に上がったと感じるわけです。


それって、何度も読んでるからじゃネーのというツッコミ・・・

たぶん、そうなんだろうね。という曖昧な受け答え。自分の能力が少しはマシになったんじゃないかとの思いたい、自己肯定。


ま、色々なものが交錯する、ある日の晩秋の夜更けの出来事です。

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なんにしてもそうだ、上手になるには回数を重ねる。


「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」この諺、良く考えると、一発で当たった場合はこうは言わない、沢山玉を打ってその中の一発でも当たれば良いと言う事。だから、外れた方が多い訳。


「失敗は成功のもと」

成功は、失敗の後にやってくるのでこういう言い回しになる。はじめてで成功しちゃえば、それは失敗とは言わないものね。


飛行機やヘリの上手な人は、人より回数を飛ばす、そして、落すかずも多い。でも、上手な人は、そのくらいでは凹まないんだよね。大事に飛ばしてる人は、落とすことは無いけど、上手くもない。

単なる遊びじゃないんだ、その人の人生が見えてくる。


最近の「たいへんよくできました」は、さくらだけどちょっと違和感があり、こちらのほうがしっくりくる。

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昨日(過去)の自分を振り返ってみて、何か変わったところは有るのだろうか?

で、それは、変わらない自分だったのか、或いは変われない自分だったのか。


首尾一貫して、志を貫く。でも、それは目的とか、目標の話であって、途中で目標が変わってしまっては何の意味もない訳だからね。

しかし、目的を達成するのに方向を変えなくてはならない、もっと広く言えば自分の人生の自分が向いている方向を変えなければならない場合もあるんだよな。

自分が信じたものが、ま、自分が信じたんだからそれが正解なんだと信じたい気持ちは分からないでもないけど、もし、それが間違いだったらはたして変えられるんだろうか。


信念を曲げる事とか、一度口にした事を変える事はちょっと恥ずかしい事だし何とか正当化とかして誤魔化してしまいがちだが、ほんとうはそれは間違いなんじゃないだろうか。


恐らく多くの人が、ま、私もその一人だけど、自分の信念を間違ってるなんて思った事はないだろう。

しかし、どう客観的に見ても自分が間違ってるって分かった時に、その方向を変えられるんだろうか。


これ、日常的な行動であっさりと分かりますね。それは、道に迷ってしまった時の行動です、一人のときはまだしも、車で出かけて何人かが同乗しているときは特にです。道を間違えたと分かってどのくらいの時間で正しい方向に進路を変えられるか、最悪な場合は、道に迷ったと気が付かない場合だってある。


この、「変える」ってことはとっても重要なスキルですね。

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もし何か不満が有る場合は、なるべく早期に解決しなければいけませんね。

これは、私が経験した買い物に例を取って考えてみたいと思います。

性格の中で、何か必要なもが思い浮かびます、とくに早急な必要性を感じない場合はそのままになっていて、買い物にも行かないている。或いは、今すぐにでも必要なのだが、取りあえず有るもので間に合わせて、その場が納まったのでそれがそのままになっている場合もあります。


で、頃合いを見て、何か用足しのついでの時にでも買い物に出かけます。取りあえず必要に迫られた、優先順位の高い用品を購入しますが、その時に、何か忘れものをしているような、違和感を覚えることがあります。

特に、その事は気にも留めずに用が済めばそのまま帰宅です。


で、何か落ち着かない、不満の有る状態とかそのように、なぜ自分がそうなるのか分からに状態なのですが、特に深く考えもせずに、そのまま日常を過ごします。


さて、その違和感は何でしょうか?


私の場合は、「千枚通し」でした。先日、たこ焼き器を購入したとブログに書きました。早速テストを兼ねて焼いてみましたが、タネを固めに溶いたので失敗作が出来上がりました。

たこ焼きをひっくり返すのに、竹串を使ったのですが、これが良くない、コシガなくて上手にひっくり返りません、なので専用の道具が必要ではと思い、ドラッグストアやら、ホームセンターを見てっまわりましたがたこ焼き用の道具は売ってませんでした。そこで考えたのが「千枚通し」でした。


特にどうしても必要になる物ではないので、それを、ずーー忘れてたのです。その後も買い物にお店に行ってましたが、忘れていて、何かを買い忘れたような違和感を覚えていたのです。


その違和感の原因が何なのかずっと気になってましたので、特に必要なものが有った訳ではないのですが、ホームセンターの商品を約1時間余り購入の意思もなく眺めてました。

と、突然、「そうだたこ焼きだ」と思いつきましてやっと違和感から解放されました。


これ、フロイトの言う、意識から前意識さらには潜在意識への移行なのでしょうか。

実際、たこ焼きの道具を思い出すと、ホームセンターには千枚通しの他にも、刺し道具といって大小様ざまな「ハリ」が見つかりました。


トラウマ化しなくて良かった。案外に他愛もない事も、不満を生む原因になるものです。

ほんの些細なこと思っても早めに片付ける、処理するか、捨てるか、とにかくそのままにはしないこと、後回しにはしないことですね。

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と、いいながら、更新は今でした<m(__)m>申し訳ありません。


右足を出して左足出すと 歩ける!!

あたりまえ体操

ま、そう言い事なんですよね。深いわ!

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昨日は日中でもあまり気温が上がらず、時折雨も振り出して、ちょっと肌寒い一日でした。

私の居る部屋は、旧式のスチームによる暖房なので、いまだに暖房が入らず、ちょっと油断すると身体が冷え切ってしまいます。


さて、暖房がどうのとか言っている場合ではありません、何とか温まる方法はと考えます。

そろそろ勤務も終わる時刻、ネットで対処法を探しておりますと、ありました「甘酒」でございます。実は、甘酒、以前は好きな飲み物ではなかったのですがネ。


で、さっそく退社後、ドラッグストアにて購入、一緒に生姜なんかも買っちゃたもんネぇ。


近年、塩麹を代表する発酵食品がなにやらブームになっているようですね、豊富なペプチド、アミノ酸、ビタミン群を含む栄養満天の食品でしかもダイエット効果も望めるとなれば売れないはずは有りません。


甘酒、早速、お湯と生姜汁をしぼって、頂いて見ました。さすがに、天然発酵に比べると、ちょっと甘めではありますが、ここ何年も飲んだ記憶がなかったので新鮮で、改めてその味に感じ入りました。

気のせいか、昨日は熟睡、寝起きも良いし体調も万全・・・気のせいかな。これ、プラシーボ効果ってやつ?


で、甘酒、実は夏の飲み物だそうで、季語も夏なんだそうです。江戸時代くらいから、夏バテに最も有効な食品ということで飲まれていたそうで、言わば、江戸時代の栄養ドリンクと言ったところでしょうかね。


効果のほどを確かめるべく、これから2週間ほどは続けてみたいと思います。


パッケージの中には、目に見えない酵母菌が生きてるんだろうなぁ、人間一人で生きてるんじゃない、誰かに支えられて生きてるんだねと考えさせられますワ。