歌舞伎座開場と雑技団 | 徒然なる

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以前は(現在、私は幸せを引き寄せている最中です。そしてそれは、かなりいいところまで来ています。)

現在は、私は引き続き幸せを引き寄せ続けている最中です。
それは今まで気がつかなかっただけで、幸せはいつも身近にあるのでした。

本日も、当ブログをお読み頂きましてありがとうございます。

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先日、ご好意によりまして中国雑技団の公演を見てまいりました。

観劇は今でこそ庶民の娯楽的な要素になってますが、本来は何か王侯貴族の高尚な娯楽であったようで、観劇も相当な費用がかかったようです。

なんで、中国雑技団の観劇ができたなんて、感激です(ーー;)ま、お決まりのオヤジギャグですがネ。


以前、どなたかに「歌舞伎の世界は何で梨園って言うんでしょうね」と聞かれたことがありますしたが、「やっぱり、離婚とか無いようにじゃないの、何たって離縁つーくらいだから」とか言ってごまかしちゃったけど、雑技団のパンフレットに詳しく書いてありました。


元は、前述したように、王侯貴族のための娯楽でであったようで、雑技も演劇も戯と呼ばれていて、これが現在は戯は演劇をさして、雑技とは区別されているようです。

雑技はもともと、戦闘のための技を公の場で披露したのが始まりなんだと。だから、当初は必ず、武器を持つとか、馬上での演技が主であったようです。

それが、平和な世になってくると、貴族から庶民へと移り今のように誰でも気軽に娯楽としてたのしめるようになったつーー事です。


その後、シルクロードに通りイランやインドからも手品師や曲芸師、お笑い芸人とかがやってきて多種多様になり、名称も散楽となったようです。


で、時の玄宗皇帝は、歌好き、芸能好きが講じて秋葉原にAKB劇場をつくちゃって、高橋みなみをリーダーとするマリコさまとかこじはる、ともちんとかで「会いにいけるアイドレ」AKB48を作っちゃった。

この、アキバのAKB劇場が「梨園」なんだそうです。


ま、玄宗皇帝は差し詰め秋元康G・Mですわね。


へーーAKB48って、そんな昔からあったのかーー;勉強になるわ