煙草のけむり | 徒然なる

徒然なる

以前は(現在、私は幸せを引き寄せている最中です。そしてそれは、かなりいいところまで来ています。)

現在は、私は引き続き幸せを引き寄せ続けている最中です。
それは今まで気がつかなかっただけで、幸せはいつも身近にあるのでした。

本日も、当ブログをご覧いただきましてありがとうございます。


桜も終わり、田植えが始まる次期ですね、初夏でしょうか。写真は連休に行ってみた「天平の丘」の

八重桜です。


徒然なる
この時期になるといつも思う事が有ります。もはや訪ねてくることもなくなった一人の職人さんの事です。

我が家の家業は、建具を専門に作る建具やでした。父親は「左甚五郎」などと呼ばれて、腕も良かったようです。


日光東照宮の、指し物の流れをくんで、欄間とか組子障子の細工が得意だったようです。

子供ながらに、何本も均一に削られた角材を並べて良く研がれたカンナで削ると、数本の角材が一本の角材のように削られて行くのを、邪魔だと言われながらもじっと見ていたものです。


ある次期、父親よりも年配の職人さんが通ってくるようになりました、子供心にもあまり、カンナや鑿の使い方はそれほど上手ではないなと思程でした。


それを父親に聞くと、大工さんだから、指し物はやらないのだと言ってました。


建具を立て込むとき、鴨居や敷居をとりつけてもらうのだそうで、まるで家族のように息の合ったコンビでした。


ある晩、父親と職人さんが上機嫌で帰ってきました、仕事が事のほかうまくいったようで、二人とも普段はあまりお酒を飲まないし、お酒は強くないのですが、ビール瓶を2本ぶら下げて帰ってきました。


宴が始まり、職人さんは用足しにと表に出て、しばらくして戻ってきました、手にはどこで手折て来たのか八重桜を持っていました。それから大層宴は盛り上がり、よほど機嫌が良かったと見えて普段はビールを1本しか飲まないのに追加のビールもわざわざ買ってきて、夜遅くまで話したり笑ったりと・・・好事魔多し


でもそれ以来、その職人さんは我が家に姿を見せることはなりました、いったい何が有ったのか。噂では、あの晩自転車で転んで、一人暮らしでは良くないと息子さんと一緒に住むようになったとか。


今でも覚えているのは、お酒を飲むと職人さんは煙草を吸います、その吸い方が大好きでした。

両切りの煙草を箱から取り出し、片方を親指でトントンと叩いてつぶします。

火をつけると、煙を深々といっぱいに吸い込みます、そして、口から煙の塊を吐き出します。その、煙が、子供の目には食べ物様に目に映りました。いまだに、そのように煙草を吸う人を見たことが有りません。


八重桜が咲くと、仕事がうまくいって幸せそうに酒を飲んでいる、今後絶対に出会わないその光景をいまでも思い出します。