6月14日9時28分 おとん側のおばぁが敗血症と脳梗塞を患い、8年間の闘病生活を経て、永眠しました。
亡くなる前日におとんの携帯におとんの兄から、状態が悪くなったと電話がありました。
でもおとんの仕事の関係上、すぐには帰れず、おとんが「亡くなってからじゃないと、帰られへんで」と言い
電話を切ってました。
また連絡するとおとんにいわれ、あたしは家に帰りました。
翌日。おかんから、「おばぁちゃんが亡くなった」と聞かされました。
おじぃのとき看取れなかったのもあって、おばぁはちゃんと看取りたいって思ってたのに、その願いは叶いませんでした。
しかし、享年90歳。おばぁ長生きしました。病気になってから、8年間ずっと闘ってきたおばぁはすごいと思います。
あたしがおばぁが亡くなったと知らされたとき、あまり実感がなかったのか、そのときBALちゃんと一緒にいたからか、涙はでませんでした。もし一人でいたら、おじぃの時みたいに、パニックになっていたと思います。BALちゃん一緒にいてくれてありがとう。
その日の夜中、大阪を出発して、愛媛に帰りました。15日の朝ついて、おばぁと対面しました。
おばぁは布団で横になっているかのようでした。眠ってて、揺すぶったら起きそうなくらい、穏やかな顔で眠っていました。もう二度と開くことのない目や口。そんなおばぁの顔を見ても、涙はでませんでした。
あたしはおばぁに話しかけることにしました。
「おばぁ、ただいま。帰ってきたよ。気持ちよさそうに眠ってるね。苦しかったね。がんばったね。
もう楽になれるね。会いにこれなくてごめんね。」
話しかけながら、おばぁの顔に触れました。
触れたとたん、一気に今まで出なかった涙が溢れ出しました。
おばぁの冷たくなった体を触って初めて、おばぁが亡くなった現実を受け止めざるを得ませんでした。
その日の夜。お通夜、翌々日、告別式をして、最後のお別れを告げました。
焼かれる前、最後にずっと言いたくても言えなかったことを伝えました。
「おばぁ。おじぃが先に行っておばぁのことまっちょるから、よろしく伝えてね。おじぃのことよろしくね。
2人で仲良くしてね」
そう心の中で、ささやきました。
おじぃが亡くなった時、おばぁは病院にいました。そのとき肺炎を引き起こしていて、状態が不安定だったため、おばぁには内緒にしていました。ショックを受けて、病気に負けてしまうんじゃないかと思ったからです。
それから、おばぁがなくなるまで、うそを突き通していました。でもきっと、あたしたちが言わなくても、
おばぁは気づいてたんちゃうかなって思います。勘が鋭い人やから。
おばぁとの思い出で、一番印象に残っていることは、中学生のときに妹と2人で、愛媛に帰ったことです。
おとんたちよりも先に夏休みを利用して、先についたあたしたちは、おばぁにいわれ、畑の手伝いをすることになりました。その作業が当時大嫌いだったピーマンの収穫でした。
あたしは、いやいやながらしぶしぶ手伝っていると、おばぁが
「おこづかいあげるから、頑張り」と言いました。
あたしはお金に釣られ、必死に頑張りました。畑で、ピーマンを取り、仕分けして、袋につめ、販売元まで一緒にもっていきました。
その日の夜、おばぁがご飯を作ってくれました。
でも冷蔵庫に入っているものは、どれも一緒に料理するには、微妙な食材ばかり・・・。
あたしと妹は、不安になりながら、おばぁのことを見ていました。
すると、おばぁは大きななべに、いろんな食材を一気に全部いれて、炒め始めました。
一通り炒めたあと、入れた調味料が、なんと焼肉のたれや、お酒やみりんや適当に入れていました。
あたしと妹は不安が募るばかり。今日の夕飯は期待はずれや・・・なんて顔をしながらテーブルでまっていると、料理が運ばれてきました。
「さぁお食べ」そういいながら、笑うおばぁ。
「は~い」と苦笑いしながら、恐る恐る口に運ぶあたしたち。
食べた瞬間、あたしと妹は顔を見合わせて、出した言葉は
「うま!!!」
はい。めっちゃうまかったんです。今まで食べたことのないくらいうまかった。
なれない農作業をして、疲れきってたから、おいしく感じたのか、単にお腹が減ってたからなのか、おばぁの愛情がおいしくさせてくれたのかは、わかりませんがw
まじでおいしかった。あれ以来、自分でも作ろうとしましたが、おばぁと同じ味は作れませんでした。
もう二度と食べることはできないけど、思い出に残っている大切な料理。焼肉だれのごった煮。
おばぁが焼かれ、家に帰ったあたしは、おじぃのときにももらった形見をもらおうと、服や小物の整理をしてました。すると、おばぁがよく使ってた見覚えのあるかばんが出てきました。
中をみてみると、ハンカチやポケットティッシュやら、当時おばぁの必需品だったものがいろいろ入っていました。その中で、あたしの目に留まったのは、よく使っていた巾着でした。
巾着の中には、古くなったレシートのような紙と旧500円玉が一枚入っていました。
紙を見た瞬間。溢れ出す涙。そのお金は、あたしが昔手伝いしたピーマンを売ったお金の一部だったのです。今思い出せば、あの時お金につられたのに、おこづかいをもらってなかったような・・・
おとんにそのことを伝え、巾着と500円玉を形見にもらいました。
おばぁ。ありがとう。ずっと大切にするからね。
さよならはいわんよ?きっと何十年か後におばぁにあえるから。
だから、おばぁ、またね。









