私は一応「帰国子女」なので、英語はできなくはない。

 

アメリカから日本に帰って来た時は小4だったから、fancy な単語は苦手だけど、アメリカ人でも誰でも英語をしゃべる人となら会話はできる。

 

小学校の頃、勉強のできる友達が

「はな、英検何級持ってる?」

って聞くから、ママに

「はなって英検何級ぐらい?」

と聞いたら、

「うーん、2級ぐらい?準1級はちょっと厳しいかな」

と言っていた。

 

お姉ちゃんは、日本に帰ってすぐ、準1級を受けて合格した。

はなも、だから、準1級が取りたい。

ママに「英検受けたい」と言ったら、

「2級なんか受けなくていいから、準1級から受けなさい。でも、受検料がもったいないから、受かりそうになってから」

とか意味わかんないこと言う。

そのくせ「どんな勉強すればいい?」と聞くと、

「英検の勉強なんかしなくていいから、英語の本を読みなさい。Harry Potter とか読んでたら、準1級は受かるから」

と言って、全然相談に乗ってくれない。

 

でも、不登校を続けるからには、英検準1級が欲しくなった。

 

そして、不登校になってしまった不憫な娘(とは全然思ってないみたいだけど)に英検準1級を取らせてやろう、と思ったのか、ママも本気になって、DUOという単語の本とCD(総額 3,000円ぐらい)を買ってくれた。

 

ケチなママにしては、何と言う太っ腹!

やっと、はなの英検を真剣に考えてくれたのね!?

 

 

 

 

と思ったら、

 

 

「大丈夫、経費で落とすから」

 

 

 

ですよね~~。

 

(ちなみに、ママはいろんな仕事をしてるんだけど、英語コーチというのもやっていて、今度ちょうど英検準1級を受けたい人をコーチするらしく「ちょうど良かった、一石二鳥」とか言って喜んでた。本当にケチくさい人だ)

 

 

 

でも、ママの経費だろうが何だろうが、単語の本が手に入ったので、今度こそやるよ!

 

ママに勉強の仕方を習って(ママはケチな人だけど、コーチやってるぐらいで、勉強法とかそういうのはすごく分かりやすく教えてくれる)、単語をやってたら、fancy words もちょっとずつ覚えて、最初にやった時は「むずっ」と思った準1級の長文も、なんか piece of cake に思えてきた。

 

 

学校の英語の時間は、黙ってただ座ってても怒られ(今考えても意味不明)、手を挙げても当ててもらえず、何も言ってないのに「英語が得意な人なのに間違えてますね~」なんて変な発音の先生に嫌味言われて、本当に苦痛だった。

見かねてママが学校に「英語の時間は、うちの子だけ自習課題をやってもいけませんか?」って、かけ合ってくれたけど、ダメだった。

 

あ、考えてたら腹が立ってきたので、思い出すのやめよ。

 

 

でも、あの学校での苦痛な英語に比べたら、DUOとか過去問とかでやる英語の何と楽しいこと。

今は fancy words も覚えて、英検の勉強もやれそうな気がする。

ホームスクール、最高!

話は変わるけど、私は進研ゼミの「チャレンジ」をやってる。

中学に入る時、「部活も勉強もカッコいい中学生になろう!」とかいうキャッチフレーズにまんまと乗せられ、チャレンジを取ったら「カッコいい中学生」になれそうな気がして、ママが「やめといたら?」とさんざん反対するのを説得して、受講させてもらうことにした。

 

 

 

・・・、が、そうよ!

 

 

あなたの想像通りよ!!

 

 

 

やる気満々だったのは最初だけで、中学に入ったら、忙しくてチャレンジどころじゃなくなって、全然手つかずになって、

ママには

「だから言ったのに!はながどうしてもやりたいって言って始めたんだから、全部やりなさいよ!」

と常に叱られ、パパにも

「ちゃんとやれよ」

と責められ、

自分でも、できない自分に嫌気がさしてた。

 

チャレンジ自体は、定期テストの前とかすっごく役に立ったんだけど、何せ学校に行ってる時は、時間がなかったワケ。

 

 

それが、今は有り余るほど時間があるから、チャレンジが進む進む。

 

 

さらに、うちはお姉ちゃんが、「スタディサプリ」っていう動画授業のアプリをやってるから、私もママのiPadで中学講座の授業を見ることができる。

 

 

スタディサプリの動画授業見て、チャレンジの問題やったら、学校で授業やるよりよっぽど良く分かる!

 

 

最近の日課は、朝ごはんの片付けして、洗濯して、勉強して、飽きた頃に昼ご飯作って(家事全般がキライなママと違って、私は料理も好き)、午後から英語とコンピュータの勉強してる。

 

そうすると、家事から解放されたママは機嫌いいし、私も好きな勉強ばっかりできて、もう、ホームスクール最高!

 

確かに「ホースの先をバスタブに入れろ」と言われたことは覚えてる。

でも、人間、一回聞いただけじゃ覚えられないことってあるよね????

 

いつの間にかすっかり私の仕事になった、朝食後の皿洗いをしていたら、珍しくママが

「ねえ、ママが洗濯していい?」と言って来た。

 

ママは最近

「学校に行かないんだったら、人より頑張らないと」

とか何とか言って、家事は極力全部私にやらせようとする。

家事と勉強さえやってると、私が学校に行かなくてもママは機嫌いいし、私も家事自体はキライじゃないから、(少なくともあのくだらない学校に行くよりはよっぽど楽しいから)、毎日素直にやっている。

 

だけど、今日は久しぶりに天気が良かったので、いつもは洗濯を後回しにするママも、早く終わらせて、たまには外に干したかったらしい。

 

ママがヤル気になるのは珍しいけど、家事やってる間はタブレットでお気に入りの海外ドラマを流していられるから、

「えー、全部はながやりたい。あと5分でお皿洗い終わらせるから、はなにやらせて」

と言うと、時計をちらっと見て

「オーケイ」

と、あっさり私にやらせる方を選んだ。

 

うちの洗濯機は、一応、全自動なんだけど、惜しいことに風呂水を自動で吸い上げる機能がない。

 

今どきの日本の平均的な家庭に、なんで「風呂水機能なし」の洗濯機なんだ!?と思うけど、これには深いワケがある。

 

ってほどでもなくて、パパが単身赴任から戻ってきた時、ちょうど洗濯機を買い替えるタイミングだったから、とりあえずパパが単身赴任中に使ってた洗濯機を使うことにしたからで、パパはまたすぐ次の転勤だろうから、その時にはこの洗濯機を持って行って、ちゃんとした洗濯機を買おう、って話だったんだけど、パパはまだ単身赴任にならず家にいるから、うちでもまだこの単身赴任用の洗濯機を使ってるだけ。

 

って、話が逸れたけど、風呂水機能なしの洗濯機なんだったら、風呂水を使うのをあきらめればいいのに、「エコ意識高め系」のママは

「水資源の無駄遣い!」とか言って、頑なに風呂水を再利用したがる。

しかも、「エコ意識高め系」だから、洗剤も「合成洗剤みたいな地球に悪いもの!」は頑なに拒否するので、洗濯用の粉石けんを使っていて、うちの洗濯は本当に手間がかかる。

 

どのぐらい手間がかかるかと言うと、

1、洗濯物を仕分け(粉石けんで洗うものと、重曹で洗うものに分けて、さらにそれぞれを小分けにする)

2、粉石けん対象物を洗濯機に投入し、風呂水ポンプを使って、バスタブから洗濯機に風呂水を引き込む(ホースを設置し、タイマーをセットして、ポンプのスイッチオン)。

3、洗濯石けん投入。

4、タイマーがなったらポンプのスイッチを切って、ホースをバスタブに戻す

5、洗濯機のスイッチオン(洗いのみ22分コース)

6、脱水

7、重曹対象物を洗濯機に投入し、再び風呂水をホースで引き込む(ホースを設置し、タイマーをセットして、ポンプのスイッチオン)。

8、重曹と酸素系漂白剤を投入

9、タイマーがなったらポンプのスイッチを切って、ホースをバスタブに戻す

10、洗濯機のスイッチオン(洗いのみ10分コース)

11、さらに、洗濯機のスイッチオン(自動15分コース)

12、終了したら、お姉ちゃんの制服のシャツのみ取り出して乾燥機に入れ、その他の洗濯物はさらに脱水(脱水のみ6分コース)

13、終了したら、洗濯物を出して干す。お姉ちゃんのシャツも乾燥機から出して干す

 

というめんどくささ!!!!!

 

でもまあ、約束通り5分で(は終わらなかったけど)とりあえず皿洗いを終えて、洗濯の13過程のうち、5までやったところで、ママに言われた朝の勉強を始めた。


 

When I was thirteen, I refused to go to school because school was SO DUMB!!!!!

中1の冬休み直前、中学に行くのをやめることにした。

だって、学校ってホントくだらないんだもん。

 

何がくだらないって? もう全てよ!!

 

学校に行かないって言ったら、「はな、偉い!」と、なぜかママは大喜びした。

ママは自分が中学生、高校生の頃、学校が大嫌いだったんだって。

その話になると、ママはいつも「でもね、ママの時代は学校に行かないなんて許されなかったの」と、忌々しそうに(時には悲しそうに)言う。

そして「はな、学校がイヤになったら、いつでも不登校になっていいからね!」と言っていた。

だから、私が不登校になっても全然慌てず

「いいよ、いいよ!明日からお母さんと一緒に勉強しよう、家のことも教えてあげる」

とすごく嬉しそうだった。

 

一方、パパはママとは全然違って

「学校に行かないなんて、そんなの許さない」という態度。

 

日本の大学を出てから四半世紀近くたっていて、その間、アカデミックな世界とはとんと無縁だったので、レポート1本書くにも、何をどう書いてよいのか分からない。


随想的な文章なら、テーマを与えられれば適当に書けるし、日本語で書ければ英語に翻訳することもできるのだが、大学院の課題で課されるペーパーとなると、何から手をつけて良いのかすらも、最初は分からなかった。




そんな私を救ってくれたのは、


論文の書き方 (講談社学術文庫 (153))/講談社



¥945

Amazon.co.jp


この本を知ったのは、こちらのHPから。


小論文・レポートの書き方




もともとは、大学院に出願の際に「writing sample」を出さねばならなかったのに、提出できるような適当な論文なんかなかったので、イチから書いて出すしかないかな、と思い、論文の書き方を説明してあるHPを探していて辿り着いた。


とてもよくまとまったHPで、このHPを読むだけでも、学術論文の基本的な書き方が分かり、とても役に立ったのだが、そこで紹介されていたのがこの本で、もし大学院に行けることになったらこれは役に立ちそうだ、と思い、大学院の入学許可をもらった後すぐに日本から取り寄せた。




結局、出願のために新しい小論文を書く必要はなかったのだが、この本は、夏休みの大学院入学直前に流し読みした。


その時はまだ、大学院とはどんな勉強をするところなにかがよく分かっていなかったので、読んでもピンとこなかった。




しかし、学期を通して、レポートや発表を続けてきた今になって読み返すと、ものすごくよく書かれた「論文作成指南本」であると同時に「学問の姿勢を説く本」であると感じている。


資料の読み方や論文の構成などの実用的なハウツーのみにとどまらず、「論文を書く」という行為の裏にある姿勢についても、著者の学者としての厳しい探求姿勢が反映されており、うーん、と唸るような洞察と示唆にとんだ内容で、「なるほど、論文とは、こういう思想、こういう姿勢で向き合うものなのか」というのを教えられる。




アカデミックの世界に、寄り道のように立ち寄っているだけの私だが、この姿勢は、人生を真摯に生きる、ということにもつながる気がする。




この本には、折に触れてこれからもずっとお世話になるだろう。