​少し前、僕は情緒が不安定になっていた時期があった。

​双極性障害の症状だったのかもしれない。けれど、僕は何でも病気のせいにはしたくなかった。自分の言動まで「病気だから仕方がなかった」と片付けてしまうのは、どこか違う気がしていた。

​些細なことだった。

​今思えば、本当に小さなことだったと思う。それなのに、その時の僕には妙に引っ掛かってしまい、苛立ちを抑えられなかった。普段なら流せるようなことに腹を立てたり、余計なことを考えたりして、気持ちがどんどん荒れていった。

​その結果、友達にも迷惑をかけてしまった。

​後になって冷静になると、「どうしてあんなことで苛立っていたんだろう」と思う。言わなくてもよかったことを言ってしまったり、相手に嫌な思いをさせてしまったのではないかと考えたりした。

​申し訳なかった。

​そして、後悔した。

​友達は僕のことをある程度理解してくれている。だからなのか、僕が思っていたほど気にしていなかった。それでも、僕自身の中には引っ掛かりが残った。

​迷惑をかけたことは事実だ。

​どれだけ相手が気にしていなかったとしても、自分がしてしまったことをなかったことにはできない。だからこそ、余計に自分を責めてしまった。

​そんなことを考えているうちに、今度は急に涙が溢れてきた。

​理由はよく分からなかった。

​悲しいのか、悔しいのか、寂しいのか。それとも、ただ疲れていただけなのか。自分でも分からない。ただ、涙だけが勝手に出てきて、止めようとしても止まらなかった。

​感情というものは、いつも分かりやすい形をしているわけではない。

​怒っていたと思えば、突然泣いてしまう。何かをどうにかしたいと思った次の瞬間には、何もかも面倒になってしまう。自分の中で感情が行ったり来たりして、そのたびに振り回されていた。

​そして、慣れない県で暮らしていることにも疲れていた。

​知らない場所。

​慣れない環境。

​見慣れない景色。

​もちろん、そこに暮らしている以上、少しずつ慣れていくものだと思っていた。でも、心というものは、住所を変えただけで簡単に新しい場所へ馴染めるほど器用ではなかった。

​ある時、衝動的に遠くへ行きたいと思った。

​何もかも置いて、どこか遠くへ行ってしまいたい。そんな気持ちが突然強くなった。もしかしたら、地元へ戻りたいという気持ちもあったのだと思う。

​地元に帰れば、何かが変わるような気がした。

​知っている場所に戻れば、少しは楽になれるのではないか。そんなことを考えた。

​でも、冷静になって考えてみれば、どこへ行ったからといって、自分自身が変わるわけではない。

​場所を変えても、自分は自分のままだ。

​抱えているものも、考えてしまうことも、簡単には消えてくれない。

​そう思うと、衝動は少しずつ収まっていった。

​一年以上、心療内科に通って薬を飲んでいる。そのことも、衝動を抑えるうえで多少なりとも支えになっているのかもしれない。

​もちろん、薬だけですべてが解決するわけではない。

​それでも、感情が大きく動いた時に、そのまま突っ走らずに一度立ち止まることができた。それだけでも、今の僕にとっては大きなことだった。

​ただ、その頃は「死にたい」という気持ちまで強くなっていた。

​生きていることそのものが嫌になったというより、何もかもから逃げたくなった。考えることにも疲れたし、自分自身にも疲れていた。

​けれど、その気持ちも時間が経つにつれて、少しずつ落ち着いていった。

​ずっと同じ強さで続く感情なんて、きっとない。

​苦しい時には、この苦しさが永遠に続くように感じる。でも、実際には少しずつ変わっていく。波のように高くなったり、低くなったりする。

​僕の場合、それを実感したのは、よく眠った後だった。

​その時は十二時間以上眠った。

​目が覚めた時、身体は少し重かった。でも、心は以前よりも楽になっていた。

​たくさん眠っただけなのに、不思議だった。

​昨日まであれほど考えていたことが、少し遠く感じられた。もちろん、問題そのものが消えたわけではない。ただ、問題との距離が少しだけ離れたような感覚だった。

​人間は、心が疲れている時ほど、物事を悪い方向へ考えてしまうのかもしれない。

​僕は、周りの人が自分から離れていくように感じることがある。

​友達とのやり取りが少し減っただけで、「嫌われたのではないか」と考えてしまう。以前と同じように接してくれていても、どこかに距離を感じてしまう。

​でも、もし自分が逆の立場だったらどうだろう。

​友達が情緒不安定になって、些細なことで苛立ったり、周りに迷惑をかけたりしたら。

​きっと僕だって、何度も続けば疲れると思う。嫌気を指すことだってあるかもしれない。

​そう考えると、周りの人が離れていくように感じるのは、相手が冷たいからではなく、自分自身がそう感じやすくなっていただけなのかもしれない。

​人との距離は、いつも一定ではない。

​近づくこともあれば、少し離れることもある。それを全部、「嫌われた」「見捨てられた」と結びつけてしまう必要はないのだと思う。

​今は、あまり深く考えないようにしている。

​考えれば考えるほど、不安は大きくなる。

​答えのないことを何度も頭の中で繰り返していると、最初は小さかった不安が、いつの間にか大きなものになってしまう。

​だから今は、「その時はそうだった」と少しだけ距離を置いて考えるようにしている。

​病気のせいにしすぎない。

​かといって、全部を自分のせいにもしない。

​その間くらいで、自分の感情と付き合っていければいい。

​また情緒が不安定になることもあるかもしれない。

​それでも、今回のように時間が経てば落ち着くこともある。眠ることで少し楽になることもある。そして、衝動のまま動かずに、一度立ち止まることもできる。

​それだけでも、以前の僕とは少し違うのだと思う。

​今はただ、今日を今日として過ごしたい。

​先のことを考えすぎず、過去を何度も掘り返しすぎず、今の自分を必要以上に責めないようにしたい。