こちとらもう中年で、嫁さんはいるものの子供はいない。子育てのチャンスはないかもしれない。無責任かもしれないけどお母さんについて書きたい。

心理学の世界では母子関係という言葉が重視される。特に異常心理を扱う場合、避けて通れない。家庭環境は、不安定な精神状態の結論にもってこいだから。赤ん坊は他人の世話なくしては生きられないし、他人の世話から様々な能力を開花させていく。

幸いにして愛されやすい子供と、愛情深い母と、それを支える父や周りに恵まれたとする。それでもまだ危機を経験する日が来る。親離れだ。多少精神的に恵まれていれば、心の中に「それで大丈夫よ」という親のイメージが変形して蓄積され、危険をはらんだ世界に探検に出かける。

完璧な親、は逆に有害だ。愛されすぎると子供は自分がわからなくなる。強烈なやり方で自分探しをするようになる。苛烈な虐待は脳を萎縮させる。これは論外だ。程々の関係が良い、とされている。良すぎず、悪過ぎず。

そして離婚や死別で母親を失う。まだ経験していないので、どれほど辛いことかはわからない。でも親を失うということが、何らかの喪失になって苦しんでいる人にはたくさん出会ってきた。人によってはキッツイ気分を味わうのだろう。

かつての母性神話のように、すべての精神的変調を母のせいにはしない。子供の側に原因があることも多い。母と子、2人で支え合うために狂ってしまう場合もある。母をめぐるお話は、山あり谷ありのドラマチックな展開になりやすい。


「人は良い面も悪い面も持っている。悪い面をかろうじて隠して生きているだけ」
「現実世界を生きるには、勇気が必要」
「母だけでなく、誰かには応援されていたい。だから傷ついても間違えても、投げ出さずに戦える」

無理に良き人になろうとせず、勇気を失わず、楽しく行くために。日々考えて行動し続ける。