祈祷会    サムエル記下17:1~16「アヒトエルとフシャイの提案」   2026.7.1

 ダビデの息子アブサロムはヘブロンで王となる宣言をしました。これはダビデに対する反逆行為です。アブサロムはイスラエルの兵士と共にエルサレムに迫って来ます。エルサレムでの戦いを避けるために、ダビデはすぐに家来と共にエルサレムを脱出します。

 アブサロムはイスラエルの兵士を全員率いてエルサレムに入城しました。ダビデを裏切ったアヒトエルも一緒にいました。また、ダビデのスパイであるフシャイもエルサレムにいました。アヒトエルはアブサロムに「12000人の兵をわたしに選ばせてください。今夜のうちに出発して追跡します。ダビデとその兵たちが疲れて力を失っているところを急襲すれば、ダビデは恐れ、ダビデに従っている兵士も全員逃げ出すでしょう。わたしはダビデ1人を討ち取ります。兵士全員をあなたのもとに連れ戻します。そうすれば民全体が平和になります」といいます。このアヒトエルの言葉はアブサロムにも長老たちの目にも正しいと映ったのです。

 それでもアブサロムは不安があったのでしょうか。フシャイの考えを聞こうとしています。フシャイがアブサロムのもとに呼び出されました。アブサロムは、「アヒトエルの提言を聞いたが、そうすべきだと思うか。反対なら、お前の提言してみよ」といいます。フシャイはアブサロムに「今回のアヒトエルの提案したことは良いとは思えません」といい、「父上とその軍がどれほど勇敢化はご存じのとおりです。その上で、彼らは子を奪われた野にいる熊のように気が荒くなっています。父上は戦術に秀でた方ですから、兵と共にお休みにならず、今ごろは、洞穴のどこかに身を隠しておられることでしょう。最初の攻撃が失敗すれば、それを聞いた者はアブサロムに従う兵士が打ち負かされた、と考え、獅子のような心を持つ戦士であっても、弱気になります。ダビデとダビデに従う戦士たちが勇者であることは、イスラエルのすべての人々が知っているからです」と答えます。

 更に「わたしはこう提案いたします。まず、王のもとにイスラエルのすべての兵士たちを集結させることです。全国から海辺の砂のように多くの兵士たちを集結させ、御自身で率いて戦闘に出られることです。隠れ場の1つにいる父上を襲いましょう。露が土に降りるように我々が襲いかかれば、彼に従う兵が多くても、1人も残ることはないでしょう。父上がどこかの町に身を寄せるなら、全イスラエルでその町に縄をかけ、引いて行って川にほうり込み、小石1つ残らないようにしようではありませんか」と提案します。アブサロムも、どのイスラエル人も、フシャイの提案がアヒトエルの提案にまさると思ったのです。アヒトエルの優れた提案が捨てられて、アブサロムに災いがくだることを主が定められたからだと聖書は書いています。

 アヒトエルの提案が捨てられて、フシャイの提案がまさっているとありますが、いったい、どちらがまさっているのでしょうか。アヒトエルの提案はダビデとその兵をすぐに追いかけて攻撃することです。フシャイの提案は、しっかりと戦いの準備を整えて、戦っていくということです。難しい判断と思います。ただ、フシャイの提案はアブサロムに十分な戦いの準備することができますが、それはダビデにとっても同じということになります。

 そもそもアヒトエルの提案は神託のように受け取られていた(16:23)というものでした。ダビデは前に、自分を裏切ってアブサロムについた「アヒトフェルの助言を愚かなものにしてください」と祈っています。(15:31) それとフシャイに対して、ダビデはエルサレムに残ることを願い、「お前はわたしのためにアヒトフェルの助言を覆すことができる」といっています。(15:34)それは、次の聖書の箇所に反映されています。

サムエル記下17:14
アブサロムも、どのイスラエル人も、アルキ人フシャイの提案がアヒトフェルの提案にまさると思った。アヒトフェルの優れた提案が捨てられ、アブサロムに災いがくだることを主が定められたからである。

 このようにすべては神の導きによることが分かって来ます。フシャイは祭司のツァドクとアビアタルに「アヒトフェルはアブサロムとイスラエルの長老たちに、これこれの提案をしたが、わたしはこれこれの提案をした。急いで、使者をダビデに送り、こう告げなさい。荒れ野の渡し場で夜を過ごさず、渡ってしまわなければなりません。王と王に従う兵士が全滅することのないように」と告げます。フシャイのいったことがダビデに告げられ、ヨルダン川をその夜のうちに渡ることになりました。こうして、ダビデとアブサロムの全面対決が迫って来ます。ダビデの犯した罪によって、ダビデ自身、いろいろな困難にあっていきますが、神がダビデをいろいろな場面で守っていることに気づきます。ダビデの歩みを通して、神の守りと導きについて知ることができます。私たちの歩みの中で、このことをどのように受け取ることができるでしょうか。

祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。ダビデがアブサロムから逃げている場面で、いろいろな困難と直面します。その時の判断はとても難しいものだと思います。アヒトフェルの提案とフシャイの提案がありました。フシャイの提案が採用されました。ここにも神の守りがあると思います。私たちが人生の中で、神の導きを信じて歩むことができますように導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                               」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)