人殺し医療と言う本。 | 〜ぷらすなちゅらる〜

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何かを失うと言う事で、得ていくものもあるということを私は知ってる。。はずだったのですが、いまちょっと心が折れてます。

移動の多かった今日、完全読破いたしました。



ぷらすなちゅらる。


医療は私たち日本人にとってとても身近なことです。


私も、子供がコホン風邪ひきと、咳をすれば心配ですぐ病院に連れていきます。


できれば代わってあげたいけど、それはできないので


出来る限りの治療を受けさせたいと思うからそうなるわけです。





次男がお腹に入った時、長男がインフルエンザにかかりました。


一歳半くらいの出来事だったと思います。


インフルエンザのワクチンを打つリスクというか


副作用も世間ではいろいろいわれていた。


だから、まだ幼い長男にワクチン接種をためらっていた。


そうしたら、長男はインフルエンザになり


みるみるうちに体温計の最高値である42°MAXを更新して


測定不可能になり、熱性痙攣で身体を硬直させ


”う~”とうなるような言葉を発して意識朦朧に・・・。



慌てた私は、109番に電話して、慌てず救急病院へどうぞとすすめられました。


結果インフルエンザの薬を飲ませて安定しました。




今思うと、彼のそれは、長男にとっての最大の弟が生まれる事に対する抵抗だったように思います。


つまり、シケ?



それは生まれる直前に起こってたし、長男はその後とっても健康体で過ごしていますが、長男なりの抵抗だったのだろうなって感じ。





長男のことがあったので、インフルエンザでこうゆう想いはしたくない!と、毎年家族全員で予防接種を受けてきました。


一旦インフルエンザになれば一週間は仕事も学校にも行けない。学校でもインフルエンザ感染による休みは休みとカウントされないようなそんな病気です。


それから少し時間が経って2010年。



次男が救急車で国立病院へ搬送されました。


最終的な診断は、インフルエンザ感染。


調度、新型インフルエンザの問題が取りざたされていて、ワクチンが足りず弱者から順に予防接種していて、摂取を待っているうちに長男は早々に11月に感染。ちリレンザで回復、受験を控えていたので、正直、先にかかってよかったね調度修学旅行の時期で、いけないかもなーと思ってたんですが、周りにもたくさん感染した子がいて延期になり、無事修学旅行にも行けました。



問題は次男。



寝る前に少し息が苦しいと言う。熱をはかるとまだ低く37°くらいでした。


次の朝、私は大事な予定があって”おかあさん、予定があるから出かけてもいいかな?帰ってから病院にいこうか”と、声をかけると、ふだんなら”うん、いいよ”と言うはずの次男が不安そうな顔で


”・・・いかないで ” と、言うのです。


普段そうな次男がそう言うってことは、こりゃ、尋常じゃない!と思って、予定をキャンセルして病院へ。



”インフルエンザかもしれないから検査しましょう”


と、検査しようとするのですが、次男、鼻にいれる検査の棒が入った時点で嘔吐。




しかも検査の結果は陰性で、で、きつそうなので体内酸素の濃度検査をしたのですが、かなり低く、吸入をして一旦家に帰って様子見をってことになりました。



吸入中も、次男はなんども吐き、中断。



もし具合が悪かったら五時までに来てくださいね。


と、なり家に帰りました。






冬休みの時期でもあって、暖かくして家に寝かせてすぐそばに過ごしていたのですが、具合悪かったら五時までにってのにあわせて、夕方四時ごろに


” ゆ~に、具合どうかな?具合わるかったら病院行くよ”


と、声かけたけど返事がない。


寝てるのかな?と、思って、となりに寝てる陸に


” ゆに起こして、具合きいてくれる?” と言ったら


”ゆ~に、ゆ~に!・・・お母さん、ゆにおかしい”と陸。






慌ててそばに行くと、ゆに、唇が真紫に染まって目がトロンとしてる。


話しかけても返事をしない。意識が無い状態でした。


慌てた私は、毛布でこれでもか!ってくらいゆにをくるんで


車に乗せて、午前中に行った病院へ。



体内の酸素濃度を測ると余りにも低い、意識もない。


”国立に運びましょう。急ぐので救急車で”


となりました。





待っている間、3リットルの酸素をいれながら待ったのですが


救急車がきて、3リットルで回復しないゆには


5リットルを吸入。


それでも足りなくて、10リットルに切り替えての救急搬送となりました。


そのご、10リットル吸入をやめたのは入院後5日を過ぎた頃でした。




救急車が届く頃もゆには全く意識がなく


でも、ゆにが言うには その救急車で移動した場所を通ると


” あ~この景色、救急車で見たわw ” などという。


モシモシ。 救急車からはそんな景色は見えないはずなのよ?


あんた、黄泉の国に足突っ込んでたんじゃね?って思っちゃうんですが・・・






三日後にゆには新型インフルエンザと診断され


それまで個室だった(なんと墓場の横で怖かったらしい)部屋を移動し


そのけっか付き添ってた私もインフルになるという。


ま、そのくらい別にいいのですが・・・・。




新型だからなのか、判定出るの遅かったー。


しかも判定でたあとタミフル飲んだけど15分くらいして


ぐったりしてたゆにが、つながれてた管をバリバリに引き払って


” 元気になったー!おれ平気だ!ハハハハ!!!”


と、ベッドの脇に笑って立ち上がったというね。


タミフルこえーよ・・・・(´ε`;)








この本に書いてあった事。


2009年のインフルワクチンに7キロの鳥インフルワクチンが仕込まれたと言う事。2010年に起こった新型インフルエンザパニックはまさにワクチンが起こした仕組まれたパニックだったということ。




ゆには、佐賀県で唯一の重篤患者になった。



県にひとりくらいしか、そうゆう患者は生まれないのに、彼は調度その条件(年齢的にも、予防接種しっかり受けてたって事も踏まえて)その一人になったんだ。




私たちが、命を救う!としてやってきたであろう、ペットボトルで何人の後進器国の子供たちためのポリオワクチンですら、病原菌を生で仕込んでいたりするらしい。それはモルモットにするため。



お金持ちがもしも感染した時の有効な薬のために検体として、そうゆう弱者が身体を差し出せよ!ってことなんだって。






ちょうどね、ゆにのインフル重篤の時期もピッタリ当てはまっていて、ポリオワクチンについても積極的にペットボトルの蓋集めたりもしてて、でも、そうゆうことなのか・・・と、悲しく思いました。



悲しく思うってか、これが真実なのかって知った感じ。




私たちが、何がイイか、悪いかを決めるのは個人の話。


でもね、これじゃ簡単にいいことを探せない。





難しいね・・・。





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