喪われゆく命。 | 〜ぷらすなちゅらる〜

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何かを失うと言う事で、得ていくものもあるということを私は知ってる。。はずだったのですが、いまちょっと心が折れてます。

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今日、古くからの友人から


大切な命を失ったと連絡を受けました。


親子共々お世話になった方で


講演の案内も出していたのですが


そのときに、大切な命がいつ亡くなってもおかしくない状態で


どうしても講演に行くことができなくてごめんと


そうゆう連絡を受けていました。



そんな大変な時にごめんと逆に思い、


そう偏していたのですが・・・。


今日、その命が亡くなったとききました。



突然昨日まで元気だった人が亡くなることも


もう長くないと分かっている命も


喪う時の気持ちは誰も一緒です。


とてもやるせないし、その気持ちについて


わかりますとか、元気出してとか


私には、そんな無責任な言葉をかけることはできません。


人が悲しんでいたり、苦しんでいたり


辛そうであったとき、それを直視することは


見ている方も辛くなることでもあります。



ですが、大丈夫だよとか、考えすぎだよとか


まして、そんなこと言うと亡き命が悲しむよとか・・・


そんなこと言うのは、相手をさらに苦しめます。


ただでさえ失ったこと、辛いことで


精神的にいっぱいいっぱいになっている人に


そんなことを言って、自分は満足だったり楽になっても


相手の気持ちはそれを受け入れられる状態じゃないから


それを言うことで相手にさらに負担を増やすと


そう知っているから・・・。




辛い気持ちを吐露するとき、それは


聞いてくれる人に求めるのは


その辛さを解決して欲しいと思っていうのではなく


ただ、きいて、うんうんって


辛かったねってうなづいてくれる事だけなんだよね。



きいてくれてる方は、何もできなくて


やるせなく思ったり、自分を無力だと思うかもしれないけど


そうゆう気持ちが、辛さを共有してる証拠だと思う。






喪われゆく命が、命を断ってまで教えてくれる愛がある。


二度と話せなくなったとしても


命が鼓動していた季節は確かにあって


それを思い出すから泣きたくなる。悲しくなる。


生きていたとき感じた、その人の葛藤や怒り苦しみ。


そして、やり残したこと。


それが一生懸命だったからだとそう知るから。




自分は、喪われた命が、脈うってるとき


何もできなかった、分かってあげられなかったという、


そうゆう後悔を知り


そして、だからこそ、


これからは自分が出来ることをしようと


そう思うことができる。




そこにあるべき命があって


そして、喪って知ること。


時が経てば、君の想いは一緒に過ごしているということと


そして、私は君の代わりに、そして自分なりに


生きていくんだねと言う事だけ。




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君と出会えて 本当に幸せです。


これからもずっと、その気持ちを忘れないで生きていく。


君の代わりに伝えていくからね。