パパという大きな木 | 〜ぷらすなちゅらる〜

〜ぷらすなちゅらる〜

何かを失うと言う事で、得ていくものもあるということを私は知ってる。。はずだったのですが、いまちょっと心が折れてます。

親愛なるここをお読みのみなさま


こんばんわです。



今日 私は一冊の


大変、意味のある本に出会いました。



★カラダnet★design of mind and body       


パパという大きな木


と、いうタイトルの本です。



実は私、


現在 毎週水曜日に


心理学の授業 を受けるために


博多まで通っています。




その、最初の授業で


講師である衛藤先生


自分の師である、と


紹介された方がいて


それが 私には


きいた事の無い方で


気になり、興味がわいて


netで検索をかけてみたんです。



どうも 心理学を学ぶ人にとっては


通り門的な存在の方で


葉っぱのフレディー


いうタイトルの本が


ベストセラーになっているらしい事が


わかりました。



葉っぱのフレディー


netでも紹介されてる方が


たくさんいて


その内容を読み取ることができて


取り寄せ中なのですが


家に帰ると


今日、先に、この本が


私の手元に届いていました。




内容なのですが


これはもう


なんと いいいますか・・・。



父親の存在についての話で


父親に深い敬意を払うと共に


父親は人間だった。


と、いう 内容でした。





ぜひみんなにも


手にとって


読んで欲しいので


深い内容は置いとくとして


私が、心をつかまれた


最初の さわりだけ少しだけ紹介します。




それは私が大好きで


特別な想いのある


アンデルセンの絵本のコトバから


始まりました。




その絵本は、


「 みにくいアヒルの子 」


でした。




障害者学級を指導してる先生が


みにくいアヒルの子 を


生徒に読み聞かせて出てくるコトバで





” アヒルにはお父さんがいませんでした ”




と いうキーワードがあり


障害児の理解度を計る為に


” さて、アヒルにはお父さんは居たんでしょうか? ”


と、そこにいる子供たちに話したという


始まりでした。





1人の女の子に


その答を求めたところ


その子は


何度 きかれても


” はい いました ”


と、繰り返したそうです。




イラだったその先生は


あなたには がっかりしたわ


先生の話を


きいていなかったのね?と、


その子に怒りをぶつけたそうです。





そうすると


その子は・・・


いくすじもの涙を


ポロポロと流しながら


こういったそうです。





” だって おとうさんの居ない子なんか いないわ ”


と、答えたそうです。



先生は、彼女を抱きしめ


ごめんなさい、そうだったわね


ごめんなさい。


と、言うように彼女を抱きしめ


みんなに笑顔が戻った


と、言う始まり方でした。



これに 私が


心をつかまれないはずが無い。


とは ココをご覧の


みなさんは わかっていただけますよね?







残念ながら、絶版となっていて


もう、新書で買うことができず


アマゾンの古本で注文して


ようやく 今日、


私の元にやってきたわけです。





もう、本当に・・・泣きました。


それしかコトバが生まれてきません。



本当に どんな人にも


読んで欲しい本だと感じました。




ぜひ 手にとって読んで欲しい。



あなたにとって、父親とは


何なのか。



家族のつながりとは 何なのか。


それが とても分かりやすく


伝わってきました。



やっぱり お父さんって


コドモにとって


とても偉大な存在でなのです。



もちろん 


父親を亡くした


うちの子も 今現在


お父さんは居ない などとは


想ってはおらず


むしろ お父さんが


後ろから 頑張れっていってる気がする。


その声が、今も聞こえる日がある。


だから オレは頑張ってる。


お父さんは、今も居る。



って・・・私が不在で行われた


事件後のコドモの調書には


そう 書かれていました。



---------------------------------------


今日、新しく買ってあげた


自転車が 外に置きっぱなしになっていて


それを 工場に入れるように


次男に言いました。



せっかくの新しい自転車が


だれかに取られたりしたら


かなしかろう?と


話して、そうなったんですが。




次男が


わあわあ言いながら


うちに帰ってきたので


訳を聴いたら


玄関の前で


でっかい、透明のエリンギをみた!


と、言うんですよ。




エリンギは、僕のそばを


すーーーーと


通り過ぎて 消えた。





との事でした。





私は笑って、


それは きっと お父さんだよ


お父さんは 死んじゃったから


もう 姿かたちがはっきりして


君に逢うことはできないけど


そうやって 心配だったときは


きっと そばにくるんだよ


って、話しました。




次男は


 ”そっかー”


と、うなづくと なら エリンギのお化けも


怖くないね。


そういえば、ちょうどお父さんの背丈くらいの


エリンギだった。




と、納得した様子でした。




次男は 決して


人に嘘はつきません。



私は スピリチュアルな事を


いっさい信じない。


次男だってそうです。


幽霊やら、亡霊やら


妖怪やら、なんやら・・・


まったく怖がることもないし


信じることも無い子なのです。



なのに、その


エリンギのお化けをみたという。






次男がそういうなら


この件については


きっと 彼が現れたんだなーとは


そう 感じました。





死んだら 何もかも終わり。


物質的には 何かがあるはずもない。


そう 私も思っています。




だって、目の前に


亡骸が置かれて


それが 触ると


とても・・・


とても とても 冷たくて


寒い季節と言う事もあり


本当に氷のように冷たくて・・・





人が死ぬって


こんなに冷たくなるって事なんだ。




絶対に もう


生き返って 話すことはできない。



と、確信を得た私なのですが


その確信は 時々揺らぎます。


だって、私は


時々 心の中で彼と話をしているんです。





これって、どうおもう?


これって、何なの?





って・・・。


そして、その問いかけに対して


彼は 必ず これはこう想う。


だとか


これは、こうゆう事です、とかって


ちゃんと 答を出してくれてるんですよね。






これが 私が勝手に


彼のイメージの中で


作り上げた 空想の彼もどきが


言ったコトバとは


私は 到底、おもえないんです。






私の中の イメージの中で


彼自身は 生きていて


そして、色んな相談したい


何かについて 自分はこうおもうよ、って


答えてくれている。




これって たぶん


生きてるときと変わらず


彼は 居るんだ!って


ことのように そう思うんですよね。




違いますか?


私の言ってることは


ちょっと 頭のおかしい


精神的に病んでる人が言う事みたいに


そう みんなは思いますか?








きっと ココを読んでいる


みんななら


いや、 あっきんはおかしくないよ


あっきんの言うとおり


彼は いつも すぐそばに居るんだと


そう思うよ って言ってくれるはずです。





彼は 居なくなった、


だけど 事実として 


ココに居ます。




ココに居て


たくさんのメッセージを


私に送り続けているんですよね。




だから 私は


彼を裏切らない。




彼の想いが とてもとても


強くて 真っ直ぐだったから


私も 強くて 真っ直ぐでいたいんです。





正直であったり


優しかったり


真っ直ぐなおもいは


一番、かっこいいんです。



そう 私は 思っています。