Letters to me | 〜ぷらすなちゅらる〜

〜ぷらすなちゅらる〜

何かを失うと言う事で、得ていくものもあるということを私は知ってる。。はずだったのですが、いまちょっと心が折れてます。

あなたは何の為に生きていますか?
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※残念ながらアメブロでは見つけられなかったのでコチラ からどうぞ。


主人が亡くなってから

ずっと追い求めていた、生きている理由。


生きているってどうゆう事?

と、考えて、追求していったら


生きてるって事

それは単純に心臓が鼓動していること

だと思いました。


寝て、起きて、呼吸して。

それだけで私達は生きている事になります。



それだけでと言いましたが

これは簡単な事ではない、とも感じています。



生きてる。

これは、ただ呼吸して心臓が動いていても生きている。

そんな意味になりますが、でも、これだけじゃ

自分は生きてる!なんて思えないのではないでしょうか?



命の大切さ、これは多分、ここを読んでいるみんなは

分かっているし、でも、死んだから何も無くなる

そんな事が生きてるって事ではないとそう分かっていると思う。


私は、主人を亡くして、なぜ私は生きているんだろう?

と、深く考えて、そして・・・あんなに頑張って生きて道を創ってきた

彼に対して、恥ずかしくなく生きて行きたい!と、思いました。


ある日突然、予兆も理由も無くこの世を去るとしたら何が気がかりか?


残された人がどう生きていくか、

大丈夫だろう、どうにかして生きていくさ。

なんて到底思ったり、できない自分がいました。



もしも自分が死んだら・・・

周りの人がどう生きていくか、これはとても気になります。


誰だってそうでしょう?

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大切な人の死と言う体験で、生きていく意味を探す。

そんな人は多いと思います。


そして私も、その一人です。



泣いて笑って

怒って喜んで

生きている。


それも何気に・・・



そんな自分がこの世を去るとき。

どれだけの心配事がよぎるでしょうか?

どれだけの後悔を残すでしょうか?



結局思ったのですが、

これは、周りの人が笑って生きてくれるだろうか?

大切な人が、世の中の流れが、間違ったことを選択せずに

生きてくれるだろうか?



と、言うこと。

それだけが自分が生きていて、

例えば死ぬときに最後に考えている事だとわかったのです。



では、私は何をして生きていったらいいの?



周りの人に暖かな何かを与えながら生きていくことが

最善だ、と思いました。


暖かな何か。

これはあえて言葉にはしません。

言葉にするにはとてもじゃないけど難しすぎるからです。



今の私は、あまりにも多忙すぎて中々皆さんと会話を楽しむ余裕がありません。

でも、発信することはかろうじてできています。



これでいいのか?

私は間違っていないのか?

常に問い続けて、そして、時々『間違っているよ』と、

結論が出るときがあります。



間違っている。

そう気がついたときどうするか。

しらんぷりして忘れる事もあります。

次からちゃんとする。

これは正しい選択です。





・・・でも。。。

間違った選択で傷ついたり、裏切られた人はどう思うでしょうか?


きっとあっきん。は、次はきっとちゃんとしてくれるはず!

と、思ってくれるでしょうか?










違うと思います。

きっと自分が裏切られたなら、そうは思わないと分かっています。


あなたは自分への手紙を書いたことがありますか?

私は決して聖人ではありません。



あたしはこれでいいの?

と、思ったとき、自分への問いかけとして

ここを更新しているときもあります。



自分は何をしたらいいのか。

それはどうしてなのか。

どうゆう風になりたいのか。


ゴールを決めて走らねばいけません。


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こないだある人と話しました。

その人は


”あなたは元々綺麗な人だからね

もっと自分をメンテナンスしてあげなさい。

余裕が出てからでもいいと思う。

もっと自分自身をしっかり磨いてあげなくちゃダメだよ”


と、言われました。

実は気がつくと最後に美容院に行ったのは半年前になります。


髪はぼさぼさ。

なのでいつも髪の毛をひっ詰めてまとめていました。


お化粧だって大好きなのですが

ぱっぱっ!と済ませて、電車に乗り込む自分がいました。


だってそれは、自分より大切な子供達との時間を優先していたからなのですが

こんな私じゃ、子供達も悲しいかもしれません。




今月末、ある大きな審議を控えています。

これは多分通過点となり、次にもっと大きな審議が待っていることも分かっています。


一昨日、オフ会の帰り道電車が無くて途中から

タクシーで自宅へと向かいました。その時、

”夜の街はどうですか?”と、タクシーの運転手さんに聞いてみました。


『人は少ないままですよ、やっぱりまだ怖いですもんね。』

と、答えが返ってきました。


そうですよね。まだ解決してないですもんね。。。


と、話してタクシーを 家の近くで降りました。

(自分が誰だかわからないように、

タクシーのときはいつもそうするのが習慣になりました。)


もうすこしで自宅へとつくその場所から

ぽつぽつと歩きながら、自分はどうするべきなのか考えて居ました。




何にも悪くなくて、ただそこに居て

絶大なる迷惑と悲しみ、悔しさを受け取った彼と私とその家族。

悲しい事。それは間違いの無い事実で、変えられない過去です。


なんで自分達ばっかりこんな目に合わなくてはいけないの?


隠してはいても、これはみんなに伝わり、

変えられない現実です。



ただ、もう、起こってしまったことで、変えられるものではありません。

つまり過去のことなので変えられません。


この、過去をどう現実のこれからに変えていくか。

そのために自分がどうするべきか。


次までの審議にあと少しだけ時間があります。

もっと沢山考えて、未来への今を歩いていかなくてはいけないな・・・と、

そう思いました。



私達は生きている。

生きている事は、ただ何となく呼吸している事でもあり

そして、生きていると言う事は未来を変えていく事でもある。


そして、いつか自分が死んだ時

それは単なる死ではなく、ずっと長い間生きている人に何か

勇気や意味を与えることに変えていける事ができる。

これが今、生きている事でもある。



あたしは彼に代わって

そして、父親になろうなろうと

男に負けたくない!気持で常に突っ走っていたけれど・・・


お母さんとして生きている場所を捨てていた気もします。

あたしの尊敬する先輩が言った言葉の1つに



”女には、女の役割がちゃんとあるよ、男であろうとしてはいけない”


彼女は、仕事一筋、40年働いて結婚しませんでした。

子供も居ません。でも、女性ならではの細やかな気配りで周りの人からは


”九州のお母さん”

と、呼ばれているような人でした。



あっちゃん、子供達を一番に

あっちゃんも自分を大切に生きて欲しい。



お通夜のとき、号泣きながらそういわれた一言を

今、ようやく理解している私でした。。。。



何が言いたいのか分からないような私ですが

実は明日がくる事が本当は怖くてたまりません。

何が待っているのか、怖くてしょうがないのです。


疲れているからなのかも知れないけれど。

明日が来るのが怖いだなんて、主人が亡くなるその前は

考えたことがないことでした。



今日が平和で当たり前にすぎてよかった。

明日もそうでありますように。そう願わずに居られない私でした。


明日が私に来るとしたら

それはきっと奇跡であり

何かまだやることがあるでしょう?

と、言う問いかけでもあることなのではないでしょうか?



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Letters to me

自分への問いかけ。例えばどう思いますか?

って自分に聞くことで気がつくこともあると言う不思議な本でした。

みなさんも良かったら読んでみてください。