(前編はこちら

 

スタートはショボくてもいいから序盤で波に乗れるようにと考え、何本かアップを兼ねてコーナーの加速走とかやってみるが身体が重い。

 

それに、100も200もスタートから波に乗れず終わるというのは消極的に過ぎてつまらない気がする。どうせ現在のスタート技術はゼロ以下なんだから、いっちょうトライあるのみ、思い切って飛び出してみようと考える。

 

 

 

前の種目が終わって200が始まる。100に比べて人数が少なく組数も早いので、すぐに出番がくる。

 

スタブロをセット。100の時より半足分くらい位置をずらしてみる。で、2回ほど練習。さっきみたいにこわごわ出るのではなく、ちゃんと蹴って身体を前にポーンと出すように…なんかよく分からないけど、少なくともさっきみたいに足がすごい手前に着いて棒立ち…と同じ轍は踏まないように。

 

 

 

On your mark!  リラックス、リラックス…

 

Set…   飛び出せ、飛び出せ…

 

パーン!  よっしゃ飛び出せた!さっきとは違う!右のランナーのスタートがいい。でも焦るな、勝負できるぞ、行けっ……

 

 

 

ドゥンッ!!という衝撃が左ハムに来る。

あっ、やっちゃった……。初めての感覚だが何が起きたかは分かる。

すぐに減速。他のランナーが先へ行ったことを確認、コースを外れる。どこからか「6レーン、棄権!」の声がする。

 

激痛!というのではないが、重さと鈍い痛みに覆われる。歩ける。でも左脚が曲がりもしないし伸びもしない。ああ…… 。

 

肉離れはよく「ピリッときた」なんて言うけど全然「ピリッ」じゃねーじゃんよ、アキレス腱切った人が「後ろから蹴られたと思った」ていうのを聞いたことあるけどその方が近いよな…とかどうでもいいことが頭をよぎる。

 

係員の方が声を掛けてくださる。大丈夫ですと言って自分の場所に戻る。鈍痛がじわじわと増してくるが、情けなくてとにかく早くここを去ろうと思う。

 

ただ、なにも処置せずに帰るのは無理そうなので医務室に行く。ほんとはRICEに則り処置するべきなんだろうがそんな贅沢は言えず、湿布とテーピングだけ施して頂きお礼を言って帰路に着く。経験したことの無い鈍痛は続いているが、ゆっくりなら歩くことはできるので、重症では無いのだろう。家族には「そういうわけだから予定より帰りが遅くなるかも」とLINE。

 

 

 

予兆はあって。

2日前にアホな練習…というか予定にない本数をやってしまい、ハムに張りがきていた。しかもいつもとは違って下部に。

 

最近何かで、ハムが張るのでも特に下の方(膝に近い方)だと要注意、というのを読んでいて、嫌だな…という思いはあった。100の時はあまり気にならなかったが、後から思えばその後のストレッチなど怠ってたのは良くなかったか。200のアップの時は、全体的に重い感じはしたけど特段ハムが気になるということは無かった。いい加減疲労が来ていたところに張り切っていつもやらないようなスタート切ったのも原因の一つか。因みにこの日はポカポカして暖かく、寒さによる影響とは考えにくい…

 

…まあ、、事が起きてしまった後からは色々な事が言える。上記ではここ数日〜当日の事だけ書いているが、それ以前に、エントリーを決めてから今日に至るまでのプロセスに根本的な要因が潜んでいるように思っている。これは、100についても200についてもそれぞれに。

 

そのへんはまだ頭の中で纏まっていないので詳細は書かないが、とにかくこういうことになってしまった以上、取り組みはよく無かったということ。変に悲観してるとかショゲてるとかではなく、思っていることを今後の改善に繋げるしかないと思っているし、その辺りはマラソン同様、競技に取り組む醍醐味の一つかな、とも思っている。走れない間に原因分析は引き続きネチネチと行っていく。

 

 

 

 

今後、と書いたが、今後はどっちを向いて進むのか。マラソンなのか短距離なのか。

 

結論、ぶっ飛ばされるかもしれないが「両方」と思っているし、両立は可能だと考えている。もっと言えば、両立を目指して取り組むことは、自分の場合は双方にとってプラスになると考えている。

 

「両立」と言ってもどのレベルで両立させるのか。

 

マラソンについては、現状の走力を維持したい。100・200については…目標はあるが、書かない

 

 

 

マラソンについて。こんなこと書いてるが、今シーズンフルマラソン参戦予定は無い。湘南にエントリーしていたのだがご存知の通り25kmに短縮されてしまった。ただ、まあ足がこんななので年内は大した練習はできないだろうと考えると、湘南がフル開催だったとしても、年明けから本格始動して2末では、サブ250はおろかサブ3も難しかったのではないかと思っている。ハイテクハーフにもエントリーしているが、どうなんだろう、1月上旬…出場できるのかどうかも微妙だし、出場出来たとしてもまあ記録狙いは無理だろう。

 

自分の中では、ハイテクでは無理にしても、ハーフマラソンで82-3分程度の走力を常時維持というのを、大雑把だが1つの状態目標にできればと考えている。これができればギリギリはるやま練への参加を許して頂けるだろうし(勝手にすみません)、それは続ける上での大きなモチベーションの一つになる。

 

短距離は、別に勿体ぶってるわけではなくて、自分の場合何か新しい目標を掲げた時は、宣言してしまうより黙って決めた時の方がこれまでの達成確率は高いので…

 

目標を考えるにあたっては、水口政人さんの存在が大きい。「存在」などと書いているが私が一方的に憧れているだけであちらは私のことなど全く知らない。40歳未経験時の持ちタイム12”6から、45歳で11”05、追い参ながら10”99を出し、マスターズ日本代表メンバーにも名を連ねたという超ツワモノである。

 

上の記事は確かスライムさんに教えて頂いたもので、これも、今回100に挑戦しようと思ったきっかけの一つだったかもしれない。無礼を承知で「俺も!!」と考えると、42歳未経験13”51がどこまでやれるかということで。

 

いつだったかも誰だったかも忘れたが、短距離やりたいみたいな話をした時に、タカが知れてるとか経験者には勝てないみたいなことを言われたことがある。御説ありがたく拝聴するが、タカが知れてるのは百も承知だし別に誰かに勝とうと思ってやるわけではない。速く走るということに興味があって、やってて爽快だからやるのだ。

それに、どうなるかはやってみないと分からない。

 

 

 

なお蛇足ながら申し上げると、界隈には短距離から長距離までなんでもござれの猛者が何人もいらっしゃるが、私の場合は短距離「から」長距離、ではない。短距離「と」長距離、である。より正確に言うと、「100・200」と「ハーフ・フル」で、400mから10000mは守備範囲外とする。私にとってこの範囲は「高心拍案件」でヘタレ度合が倍増し…って、実はこの辺話すと大変長くなるのでやっぱまたの機会に。

 

あと、トレイルは別枠。山に足を運ぶ機会はずいぶん減ってしまったが、私はトレイルランニングのおかげで人生良い方向に舵を切れたと思っているので、いつ何時トレイルに立つ機会があってもいいような身体を維持していく所存であるし、トレイル練習をうまく組み入れる事ができれば、上記の挑戦にも絶対プラスになると踏んでいるし、トレイルのレースそのものに挑戦する機会もまだまだ窺っていく。ただ、残念なことに12月6日の奥武蔵スピードトレイルは…ちょっと難しいかな。。

 

 

 

……そんなわけで、しばらくは走れないけど楽しみなことは色々あるぞと。特に短距離については暗中模索がまだまだ続くと思うが、新しいことに挑戦するのは面白い。大会直後にはシケたツイートしてしまったけど、正直今のところはそんなに落ち込んでいない。まあ、計画を立てている内が一番シアワセな時だとする向きもあるし、いざ踏み出したらソッコーで音を上げるかもしれない。仕事や家庭だってどうなるかわからないし、例のウイルスが各方面に今後どう作用するのかも分からない。

 

以前、「走ることは自分を律する手段である」みたいなことを何かで書いたことがある。夏以降、仕事-家庭-ランニングのバランスがうまく噛み合わず、ランニングの占める割合を縮小させていた。しかしどうもそれは結果的に悪循環を生んでいる気がしており、「自律」の力が低下していたように思う。

 

やはり自分が納得というか、月並みだがワクワクする目標を立ててそれに向けてリソースを割くことが、結果として自分を構成する各分野に良い影響を与えると思うし、そうして自分を律していくことが、ひいては何かの形で人様のお役に立てることにも繋がっていくのだと、そんなことを考えている。

 

近いところでは、日々刺激を下さる界隈の変態諸兄の方々に対し、頂いてばかりでなく、また自分からも何某かの刺激かそれに類するものを発していくことが出来るようになればと思う。或いは自分の挑戦から何かを感じて下さる方がいれば、これに勝る喜びはない。

 

 

 

まあ、まず今できることは脚を治すことで、これはこれで貴重な経験だと思っているので、焦らずボチボチとやって行きます。というわけでみなさま今後とも良しなに……。

 

東京マスターズ陸上トラック記録会に、100mと200mで参戦。

 

 

 

参戦に至る心の動きとかそういうのは長くなるので省くが、一言でまとめると「やりたいことの一つをやってみた」ということになるか。

 

時々聞くこの性格診断によれば私は「さう脳」なのだが、自分ではこれ「小難しく考えてるけど行動は突発的」と解釈してて、血液型診断程度には当たっていると思っている(つまりほとんど…以下略)。

 

まあとにかく今回もそんな感じで、ずっと心の奥で考えてはいたことを、なんか脈絡のないタイミングで突然実行に移した、という感じだった。(エントリーする数日前には38kmジョグとかやってるし、当時のメモには「11月稲毛トライアルマラソンに向けて」の文言が残っている)

 

 

 

100mのレースは中1以来だが、私は陸上部出身ではない。陸上部の無かったわが中学は、体育の成績をもとに全中の地域予選とかに駆り出されるシステムで、中1の時に100mと4継でエントリーされた。

 

その時の記録は13”2 で、覚えてるのは「他校はみんなユニホームなのに自分達は学校の体育着だったこと」「スタブロのセットの仕方が分からずスタート直前に焦りまくったこと」「全く歯が立たずヘナヘナしたまま終わってしまったこと」そんなところか。

 

ちなみに私はサッカー部だったが、サッカー部の1年生からは私の他に、CBのケンジ君が1500m、FWのマーやんが走り幅跳びで駆り出された。2人もやはりユニホームではなく体育着だったが、ケンジ君は県大会進出、マーやんは北信越大会まで進出。私は100もリレーも予選落ちだった。

 

レースでは勝負にならず、チームメイトは華々しく活躍し…ということで、まああまり良い思い出ではない。

 

良い思い出ではない=捲土重来の要素がある、ということで、なんかあのヘナヘナした感じに上書きを施したい、という思いはずっとどこかに燻っていたのだろう。

トレイルランやマラソンを通じて市民ランニング(そんな言葉ないか)の世界に身を置く中で、そうした思いが表に出てくるのは半ば必然だったのである…と、いかにもな感じでまとめてみる。

 

(なお、中2の時は個人競技のエントリーがなぜかなされず4継のみ出場、中3の時は確か200でエントリーされたが怪我で欠場だった)

 

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競技場に着いて場所を確保、とにかく召集に遅れないように気をつけつつ、会場を見回すとどうも100mに出るっぽい方々が練習しているので、フラフラと近くに行って混じって練習してみる。みんな速そうだし、色々と本職っぽい動きをされている。

 

短距離は特に「陸上の動き」があると読んだり聞いたりしたことはあるが、自分の動きがどうなっているのかまだ確かめたことはない。澄ました顔してやってはみるが、きっと素人っぽさ丸出しなんだろう。

 

 

 

時間が来てスタート地点へ移動。最終コールをした後1組ずつ呼ばれて行く。この辺もマラソンとは違う緊張感がある。とはいえザワザワしてるのでそこまで張り詰めた感じでもない。とりあえずスタブロが心配だったので、遠くから覗き込んで確認しておく。

 

ところが前の組が終わって「次の組入って下さーい!」で緊張感がグワーっとくる。スタブロは無事セット出来たが、スタート練習(っぽいこと)をやって「はいじゃあ戻ってー!」で、うわーちょっと待ってくださいよ、という気分になる。ここでよっしゃやったるで、という気持ちになれない辺りはまだまだか。

 

とはいえ「何もしてこなかった」わけじゃない。自分なりに思うところあって参戦を決めたわけだし、練習もしたし、心構えも作って来たつもりである。ビビりながらもそれらを反芻しながらスタートに赴く。

 

 

 

On your mark! 手足をリラックスさせる。どっかで読んだ「スタート前にやると良い」という動作を一つ入れる。足の位置、手の位置、決まった。周りも止まったようだ…

 

Set…  ひー、神様…

 

 

 

パーン! 1歩目が随分手前に着いて身体が一瞬棒立ちになる。4−5歩くらいの時点で既に断然遅れていることが分かる。こ、これは予想以上にひどい…。

 

ただ意外と頭が冴えてて「慌てるな!」とともに「前で弾め!」と、事前に考えてた司令がちゃんと出て立て直す。同走者がみんな随分前にいるというのはデジャブな感じだが、今日はヘナヘナでは終わらん、立て直せてはいるぞ………ゴール!

 

 

 

すぐにタイムは分からないのだが、自分がビリだったことは分かる。とにかくスタートが全然ダメだったな、しかしあそこまで置いてかれるとはな、自分がダメだったのもあるが皆さん流石だな、途中からは立て直せた気はするが普段の練習と比べてどうだったんだろうタイムはどうだったろう…とか考えながら一旦自分の場所に戻る。

 

タイムはサイトにて掲載とのことだったが、確認すると「100m競技終了後に掲載」とある。まだ当分出そうにないのでしばらくボンヤリと競技を眺める。時折すんごい速い方がいたり、知っている名前や「新記録が出ました」というアナウンスがあったり…

 

そのうち手持ちの食べ物じゃ足らず腹が減ってくるので、少し遠そうだがコンビニまで行くことにする。小春日和のポカポカ陽気で気持ち良い。

 

 

 

100m1本で今日が終わりだったらあまり気分も優れなかったかもしれないが、もう1本200mが控えているというのは、この時点ではプラスだった。歩きながら気持ちの切り替えに努める。

 

戻って200mの召集を済ませたあたりで記録がUPされる。13”51。思ってたほど悪くもないが、期待していたほどでもない、という感じ。

 

中1の記録はもちろん超えたかったし、普段の朝イチ練で13秒半ばが出たりもしていたので、あわよくば12秒台…という気持ちもあったのだが、まああのスタートじゃな、という感じで納得感はあった。

 

 

 

ちなみに「練習で13秒半ば」とは書いたが、短距離において自分で測った練習のタイムはただの参考であり「記録」とは全く別物だ、というのは自分なりにわかってきた。

 

ただでさえ手動は0”24甘くなるとされているのに自分で計測する手動なんざ…というのが一点、自分タイミングのスタンディングスタートと号砲に合わせたクラウチングスタートは全然違うぞ…というのがもう一点。

 

こちらの記事に詳しいが、そんなわけで練習ツイートでも、100や200の時はタイムを記入するのをやめていた。

 

特にスタートは、今回の置いてかれっぷりが結構衝撃だった。スタート練習をほぼやらないままノコノコ大会に来た自分が馬鹿なのだが、「号砲に合わせて」という部分を除いても、そもそもクラウチングスタートの技術がダメ過ぎたし、そのロスはなかなかにでかいぞ、ということを思い知った。

 

 

 

じゃあここを練習すればまだタイムが縮む余地はある、というのはプラス材料であるが、当面次のレースが約40分後に迫っている。練習している暇はほぼない。

100に比べて200はスタートダッシュの占める割合が減るとはいえ、さっきみたいなヘボスタートで200も走るわけには行かない……(200m編に続く)

後編いきます。
もったいぶってるわけではなく、アプリやらブラウザやらの問題。あまり強くないので…

11~15km  20:07  141bpm(?)

引き続き巡航。序盤はm.s.さんの教え「死んだふり」。このあたりになるともうだいぶバラけている。おそらく㌔4が念頭にあるんだろう、という方をターゲットにして進む。沿道からの拍手と、適度にバラけているランナーたちの眺めが、なんかこう、本物のマラソンや駅伝レースみたいな感じに見えてテンションが上がる。沿道の方が順位を教えてくれる。46位。

沿道の応援はコースを通じて胸熱で本当に感謝ばかりなのだが、10km前後、七井の交差点あたりでの応援が特に熱くて感動だった。こうした熱い応援を頂く際に、すでにある程度バラけているので、応援がすべて自分に向けられているような感じを味わえる。力が湧く。出来るところでは手を振ったりハイタッチしたりして御礼の意を示す。

11kmあたりでは女の子がお守りを配ってくれている、というのは、これも、びあーさんのブログで読んでいた。この時実は忘れていたのだが、前方で手を掲げる女の子が見えたときに「これか!」と思い出し、ありがとう~!といいながらありがたく受け取る。さらに力をもらう。

帰ってから見たらとてもかわいい、手の込んだお守りだった。どこにつけようか考えながら眺めてたら、妻と娘小3が「かわいい!」 …ということで娘のものになりました。ランドセルにつけた模様。

さてこのあたり、景色も眺めつつ、自分の足音をよく聞いていた(足音がよく聞こえるくらいバラけてた)。実は…ここまでツイートしそびれていたのだが、この大会、かの桃色新型シューズを装填していた。特にわけあって隠してたとかじゃないんですが、なんだか言うタイミングを逸してしまって。。これが「ベスト行ける」予感を持たせてくれたもう一つの要因。

桃色シューズは、水戸が終わって11月のはじめに購入していた(そしてそこから緊縮財政が継続している)。しかしつくば前に1回これを履いて15km走ってみたところ、どうもこう、うまく履きこなせる感じがせず、つくばでの投入は見送っていた。

で、そのころは「はが路で試験的に使ってみて勝田で…」という気持ちでいたのだが、つくば後にもう2回履いてみたところ、最初に抱いた「うまく履けない」感は無く、普通に履ける、というか「なるほどこれは…!」という感触を得ることが出来た。で、今日は「慣らし」ではなく、「勝負靴」としての投入と相成ったわけである。

尤も、「普通に履ける」というのは「この靴の長所を活かして履きこなしている」とは同義ではない。だから、足音聞きながら「これでいいのかな…」などと考えて走っていたわけである。

…使用感その他について書きたいことは山ほどあるのだが、それは改めて別項でまとめたいと思う。とにかく今回、そういう新型ウェポンを纏って挑んだレースであった、ということを記しておく。


15~20km  20:28   154bpm

たしかこのへんでイチゴエイドがあり、頂いて食しながら行く。美味い。
さて問題の上り区間。ズドーンと上らされると感じる箇所はあまり無かったが、とはいえ全体的に上り基調になってるわけなので、ここはタイムが落ちても仕方ない、それよりも「がんばらないこと」「楽な感じをキープすること」に意識を割いた(「脚を使わないこと」という形容が一番なのかもしれないが、自分はこの「脚を使わない」という感じがまだよく分かっていない、と思っている)。

そしてこの区間、上り以上に複数の方が挙げていたのが、「20km直前にある急な下り」である。コース図にも「急勾配、注意!」と書いてあるくらいなのでドキドキはしていたが、実際に眼前に現れた坂を見て思わず「うげっ」と声が漏れる。

ハセツネ30で似たような長い急坂があった気もするが、まあとにかく長くて急。ここは意識としては「慎重に」とか「スピード出過ぎないように」ということよりも、「ブレーキをかけない」ことを最優先に頭に置いた。いや、かかってしまうんだけど、ビビッて慎重になって前腿にガッと力が加わることにならないよう、なるべく足をストレスなく抜くように意識して進む。何人かの方を一気にパスすることにもなったが、幸い同じくらいの速さで下っていた方がいたので、なんというか勇気を持って下ることができた。

この区間そんなわけで、上り坂でのロスがあるものの、脚への負担はとにかくタイム的は下りで少し挽回できるとも踏んでおり、2028は「ばっちり予定通り」

前後するが、最初の5kmとこの区間は「予定通り」のタイムだったものの、5~15kmは、前述のプランを見ても分かるように、「もうちょい出したかった」感じであった。巡航速度。。。


20~25km  20:52  153bpm

この区間前半に嫌な上り坂があるが、それを過ぎればあとは下り基調。ここを超えれば…と考えていた区間だった。道の駅もてぎでの応援・歓声も胸熱。なんかテレビ中継されて走ってるような気持ちにすらなる。

上り坂に入る手前あたり、気づくと4人くらいでダンゴになって走っている感じになっていた。ちょっと風が気になっていたところで、わりとピタッと後ろに付かれたので、これはもしや「風よけに利用されてる」というやつか?自分も出世したもんだ…とか思いながら走る。
自分も一度、他の人の後ろに付いてみたのだが、別に風が弱くなることもないし、何よりすぐ前に人がいるというのはあまり気持ちが良くなかったので、前に出て走る。

年間99.9%ボッチ練なので(考えてみたら、この1年間で他の人と一緒に練習したのは、8月に皇居でみずさん、さとるっちさん、nuichiさんと一緒に走った1回しかない)、こうして、少数ダンゴで走るのは新鮮。後ろのランナーさんの足音がちょうど自分のリズムにマッチしたこともあり、しばらくは集団で進む。

この上りは、前区間のそれに比べると、勾配も距離もややきつい、それこそ「ずどーん」という感じの坂。ちょっと息が上がり、集団から数歩遅れをとる局面もあるが、他の方がどう感じていたかは分からないが、何とかお互い引っ張り合いながら上った感じ。

上りが終わり、さてこっから!という局面でもしばらくは疲れが残っていてスピードが上がらず。25km地点でのラップを見て、少し気落ちするが、仕方ない。挽回あるのみ。


25~30km  20:04  154bpm
◆30~35km  20:00  157bpm

息が戻ってきて、再び足音やらフォームやらを気にする余裕が出てくる。一方で前腿やら股関節やらにこれまでに感じたことの無い違和感があったり、ハムだのふくらはぎだのは、水戸の時のように「攣るかも…」という状態になっていた。

一瞬「やはり履きこなせてないのか」とも思うが、これは靴が云々というより自分のフォームの問題だと思い、いつもの出勤走や、前回つくば終盤の感触など思い出しながら修正を施す。「歩幅を欲張らず」ということを意識、良い位置(何を持って「良い」かは別項)での接地を心がける。すると、スルスルっと集団から前に出ることになった。たまたま周囲が疲れたタイミングと一緒だったのかもしれないが。

しかし30km手前の上り坂で一人に追いつかれ、その方のフォームが力抜けて良い感じだったのと、その方も桃色シューズだったこともあり、あとを追う。

27-8kmあたりでラップを確認したとき「3'55/km」という表示だったので、もう細かい計算は出来ないが、これをキープすればこれまでの借金を返済できるだろう、と思ったのだが、この上りでまたロスしたか、30km時点で2004、うーんこれじゃいかん。

30km付近、ゲストランナーである赤羽有紀子さんが沿道でハイタッチをしてくださっていたが、直前考え事をしており気づくのが遅れ、タッチ出来ず残念。赤羽さんの勝負メシはうな重だと何かで読んだことが。

タイミングやきっかけは覚えてないが、気づいたら前に出ていて単独走になっていた。とはいえ視界には前を行くランナーがいるので、常に前を追いながら25~40km区間でじわじわと順位を上げていった。しかし35km地点でも2000。この、25-40の3区間を19分台で走って借金を消して、最後は気合いと根性で何とかするという算段だったのだが、厳しいか、厳しいか、、


35~40km  20:07   160bpm

だいぶ呼吸が苦しくなってくる。
160を超えるとヒーヒー言い出す弱っちい自分としては苦しい展開。しかし同時に、普段からよく思っていたことだが、その、限界一歩手前のコントロールがマラソンの醍醐味の一つだろうと。
普段の自分は限界2~3歩手前で尻込みしていて、自分がやってるのはマラソンとは別競技なんじゃないかとか思うことも時々あって、今回、目標は厳しいかもしれないが、この状態でヘタらずに走ることがきっと次に繋がると、自分を叱咤して走る。

前回つくばの終盤、出勤走、30km走の終盤など、同じような速度、呼吸感で走っている時のことを思い出しながら行く。桃色シューズも自分を良く運んでくれている気がする。苦しいが「マラソンで苦しい時が来ても、それは必ず過ぎて楽になるっていろんな人が言ってるじゃねえか」と思いながらリズムを保つことで、苦しさ、不快感を脱する。

景色が良いな、素晴らしいコンディションだな、と今日何度目かに思うが、それらを楽しむ余裕はない。しかし、この素晴らしい時空間での独り旅、こりゃあ大変な贅沢だと、景色や感覚を心に刻みながら走る。声援を頂く。嬉しい。有難い。が、応える余裕が無いのが申し訳ない。口だけ「アトンス」と動かし頭を下げるが、きっと全然伝わらなかっただろう。本当に本当にありがとうございました。


◆40km~ゴール  8:20   166bpm

ラスボスの坂。ここでもびあーさんのブログが活きた。重ね重ねありがとうございました。まず一本坂があり、さらに左折したところに急なやつがいる、心折れ系のレイアウトだ、と。これを覚えていて本当に助かった。心構えがあるだけで違う。しかしそのあとの、下ってさらにもう一丁ハードな上り坂、というのが記憶から抜け落ちていた。一瞬なぬ!?と思うが、ここまで来てへばっている場合ではない。こちとら毎日(ではないが)、帰宅走終盤でまあまあな坂を上ってるんだ、と、思わぬところでまた日々の練習が自分を助けてくれる。

単独走なのをいいことに喘ぎ喘ぎ上って、上りきってからはもう、全力。2km、1km、近所の公園コースであとこれくらい、とか、出勤走ならあとこれくらい、とか、いつもレースの終盤はそうなのだが、残り距離を自分の知ってるコースに置き換えて、自分を励まして走る。

35km以降、距離表示も時計もほとんど見ずに走っていたが、41km表示のところで時計を確認、「2:46'10」。一瞬、「ラスト1km3'50、行ける!」と思うが、直後に、「いや、あと200mあるわ…」という冷静な自分もいたりして、やっぱダメかと思うが、ならば絶対「50分台」は出そうと瞬時に切り替え全力走を継続。

この2.195km、あとで見たら8'20、つくばの時のラストと同じだった。しかし今回、ラスボス坂を超えてのこのタイムだから…うん、がんばったと思う。

前を行くランナーが見える。あの人は50切れるだろうかと思う。氏はガッツポーズでゴール。続いて自分、確か時計に手をやりながら残念そうな顔してゴールしたと思うが、実はそれは照れ隠しだったりして。残念には違いないが、それ以上の、超充実感に満たされた幸せなゴールだった。


◆ゴール後

タイムを確認、50分台は出せた。
腰かけていると、隣に先着のランナー氏が。いかがでした?と聞くと「いや…切りたかったんですけどね…」と。一拍おいて2人同時に「坂が…(笑)」。でも、あちらも充実した感じに見えた。お疲れっした!と握手して別れる。

記録証を確認。全体で20位。そういや確か前半「46位」と言われたけど、そんなたくさん抜いてきたのか、とぼんやり思う。

Ryoさんや、他のフォロワーさんにも会えるかと思ってゴールで待ちたかったが、前職の、いま栃木に勤務している同期と会う約束をしていたので、早々と帰り支度をする。

コインロッカーから荷物を出し、ほかに1-2名しかいないだだっ広い冬のプールで(他の人はどこで着替えてたのだろう)、陽を浴びながら着替える。ふくらはぎ攣りかけたが大丈夫だった。そういえば終盤は気にならなかったな。

250は切れなかったけど、でも、気持ちは良かった。
水戸、つくばそれぞれ、レース後は充実感があった。いずれも、気持ちを切らさずに最後まで垂れずに走り切れたという、何というか、一連の過程に対しての充実感のように思う。ただ、今回はそれ以上になんというか、グっと静かに拳を握りしめたい感じがあった。

これはひとえに、栃木という地で走ることができたのと、スタッフの皆様のスムーズかつ温かい運営、そして何より、沿道の皆様の胸熱な応援のお蔭に他ならない。ピーカンほぼ無風という見事な天候に恵まれたという運もあった。本当に素晴らしかった。

レース後、同じレースを走ったフォロワーさんのツイを見ていると、沿道の皆さんとハイタッチ、エイドで爆食い、子どもたちと交流…など、皆さん楽しまれてる上に、沿道の方々にもお返ししていてえらいな、と思う。

自分は前述のように、特に後半は応援に応える余裕が全くなく、感謝の意を示すことはできなかった。なかなか苦しそうな顔して走っていたと思うが、でも、ものすごくレースを楽しませて頂いてたのだ、ということをここに強調しておきたい。来年以降のことは分からないけどぜひまた出たいし、ランナー仲間の皆様には、ガチ勢にもファンラン勢にも、最後に改めて声を大にして申し上げる。

はが路に出てから死ね。

《了》


再掲