あの日、僕は朝から少しだけ憂鬱だった
「行ってくる」
珍しく家族に、そういって家を出た
カバンを手にして玄関のドアを開ける僕は
いつも黙って出かけている
家族も、学校も、友達? クラスメートも
その目に映る世界は、すべて灰色
毎日の繰り返しに、言葉を必要としなかった
その日は年に1度のマラソン大会
なのに2日前、僕は交通事故で首にはコルセット
「歩くと痛いなぁ」
そう口ずさむ位、足取りは重かった
去年の優勝者は、今年、コルセットを巻いて
2日ぶりの登校
「どうしたんだ?それ」
担任の言葉からも、驚きは隠せない
何せ、何一つ家族は学校に報告などしていない
事故などなかったことにしてるのだから。
面倒なことは家族が一番嫌っていた。
僕は車に轢かれ、片足を引きずり、母親の友人の家に
助けを求めた2日前の事。
授業がない、別に休んだって問題もない
2日が、3日になっても、そう大差ないじゃないか
世間体が気になる養親は学校に行かない息子が近所に
監視でもされているかのように思っているらしい。
せめて病院に行かせて欲しかった。
金がかかると言われて、結局自分の部屋のベットの上で
体中の痛みと戦っていた。
自分の思いとは裏腹に、現地は異様な盛り上がり
マラソン大会は、スケジュールが進むにつれ、白熱していく
「ラストー、ファイトー」
僕は、結局、欠場を言い伝え、やることも無くぼんやり
空と、その風景を交互に眺めていた
3日も学校を休んでは、しめしがつかないから、
そう言われて家を出されただけなのだ
クラスメートは、きっと、サボりたいだけだとしか、
思っていないのだろう
まあ、別にこの姿でなくても
特段期待はしていないだろう。
今年の2年には、脚の速いサッカー部のエースがいる
ああ、そういえば、幼馴染が騒いでいた、
色黒サッカー少年の後輩が居た気がする
「八木先輩の、弟だろ?あれ」
幼馴染は、返事もしてくれない。
まったくお前のお母さんは綺麗で優しい人なのに
ふて腐れて気味の僕には
もう順位なんてどうでもよかった
クラスの名誉なんて、1週間もすれば話題の わ の字にも挙がらない
女子の部がスタートした
やる気のある者、嫌々走る者、
不得意ながらも頑張っていこうとする者
端から雑談している者、淡々とこなす者
それぞれが走り出す頃には、まだ空は灰色のままだった
面倒になり、校舎の物陰に学級委員長が居なくなった
それを事をいいことに
僕は、サボりに行こうとした
「あ、雨だ」
誰に断るわけでもなく、独特なプロローグを奏でて雨が落ちはじめる
ポツ ポツポツ ポツポツポツ
シトシト ザー
うーん、うまく説明できないけど、ご立派な雨が。
先頭の走者は、ずぶぬれだった
そう、もう雨は土砂降りに近かった
学校の臨時トラックに入ってきた中でも、
1つ順位が上がったところで
成績になんら影響なんてしないのに、競い合っている
クラスメートの声援
誰かに、自分の名前を叫んでもらえるうれしさ
「応援の背中押し、っていうのかね・・・いいねぇ」
死ぬ気で走ってると聞こえないんだけどねえ・・・・
僕の脳裏に、去年の事が、思い出される
「俺に勝ったら、ジュースおごる」
「仮にも、陸上部長距離選手に、そんな賭けはしないだろ」
「いなやんとなく」
「ん??なんだよ。そろそろ始まるぞ?お前もっと前からだろ」
「オレの相手になりそうなのが、お前だけな気がしたから」
僕はそのとき、ジュースをご馳走になった。
「チキショウ」彼の捨て台詞に少し悪い気がした
全校生徒の、職員室全員を含めて、誰一人期待などしない僕に
そう、いった奴がいた。
しかし、
おかしなモノで結果が予想を覆すと人は、態度を翻す
嫌な気持ちだった。本当に
「へー、脚速いんだ」
「今年の市大会のメンバーの練習に入ってもらうから」
「目立ちたがり屋だなあ」
「すごかったねー」
「・・・・・・・」
その沈黙と、邪な視線は、わかる
嫌なヤツ、なんだあれ、 だろ?(苦笑)
そうしてまた1年暦がまわって、この時間が来ている
雨は止みそうになく、さらに地面をぬかるませて
視界に縦のまっすぐな線を埋め尽くしていった
今年は欠場、そして雨
その雨の向こうに
去年のジュース提供者がスタート前に歩いていくのが見えた
「勝ち逃げかよ、つまんねーなあ」
そういって、僕に捨て台詞を言っていった。
「ああ、傘がないなあ」
そういう言葉で誤魔化してその場を去るつもりだった
でも後ろ髪を引っ張るお化けでも現れたか、
なんとも歯がゆい感じがした
とはいえ、体調の悪さはもう現実へと引き戻して
痛い首と明日も学校に来なければならないという
憂鬱さだけだった
眺めていた。
することが無いから。
そこに居る理由も本当にないのだけれど
本来別の場所で適切な検査をとか、
本当はあったのだけれども・・・・
視線が不意に、そこではない場所に向かう
必死に走って戻ってきた選手にあわてて生徒会や職員が
ゴールラインを通過した選手に用意していたタオルをかけてあげている
介抱するほうも、雨に濡れている。すっかりずぶ濡れで。
まあ、僕、校舎の屋根の下で、濡れないように終わるのを
待つだけ、なのだけれども
「風邪引くぞ。ホント・・・・」
時間切り上げで女の子達が戻ってくる
いずれにせよこの雨のせいで、騒然としている
「うちのクラスは、あんなに熱いクラスだったっけ・・・」
いつもうるさいだけのヤツが、みんなをひっぱっている
「タオルもうないのか?生徒会の担当は誰?」
「今、取りに行って貰ってる。着替えの方が問題かも」
「一端帰宅できるヤツはいる?部活のジャージは?」
「シャワー室使えるまでそのままだと、風邪ひくぞ」
へぇ・・・いいヤツだったんだ、いや
男らしいというか、女にはやさしい、いや
ああいうのを、男気があるんだろうなあ
甲斐性かあ・・・見直さないとなあ
普段クラスメートなんてたまたま待ち合わせた
バスの乗客と一緒だと思ってた
それにしても女性陣、必死の形相、
「まあ、女は男より強いというけどすごいね。」
雨が好きというわけではない。
女の子は大好きだが、クラスメートに触発されては居ない
ジュースなんて買ってやればいい。
昨年度優勝者で、今年欠場。今年は人気の後輩君
万事OKだよね
見栄張る必要も見栄の張りようも無いじゃない
ただ雨音が、自分を動かした。
「なんか、やっぱちがうよね」
14:45p.m.
「好きなオンナでも、いりゃ、こりゃいい舞台だわな」
僕は心の中で、そういって、首に巻いた包帯をとりはじめた。
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