「もう少しだーーー」
去年の担任の教師の声だ
確かに、さすが理数系。正確なアドバイス
残りは1Kmもないはず
呼吸もさすがに、きつい
左肩があがらず、腕がダランと、さがってしまう
なりふり構わず、目の前の1位を追いかける
わかっている。ヤツは速い。たぶん体調が万全でも
ヤツのほうが、もしかすると速いかもしれない
でも、その距離は、ここまで5m
余裕を残しているのか?いや、あの感じそう見えない
少しだけ、ぼーっとしてしまった。
立体交差の手前のカーブ前で
それまで後ろの優勝候補(わが校、男子人気ナンバーワン)君が前にでる。
*しつこい?ww
ちなみに、彼だけに抜かれたということは、
僕は2位、このままいけば・・・・
やはり、ジュースは賭けておくべきだった。
いや、そうじゃない。
そう、抜かれてしまったのである。
しかし
相手も具合が悪い?風邪?怪我?
雨の中で走ったことがないのか?
雨でつらい?まさかそれはないよなあ、サッカー部だもの。
ありえる。チャンスはまだある
チャンスじゃないね。可能性の問題だよね
実際どう頑張っても、今、現状維持で精一杯だ
何の為に、勝ちたいのか
わからなかった。
抜かれて後になって改めて考えてみている。
身体は、勝手に動く、限り全能力で、動き続けている
坂を下る脚が、ガタガタだ
ハァハァ・・・・
不思議ともうダメだとは思わない。
しかし呼吸はでかい、エサに群がる鯉(コイ)かと思うほど
かっこ悪い
応援が校内に限定されていて良かった
ああ本当に、冷静に考えると無意味
ムダだよ。みっともない自分の姿
そこは通り過ぎて、意識が薄れるほど
ムリをしている自分
瞳を開けていられない
そんなとき、聞こえた、確かに誰かに囁かれた様に
「・・・・・、・・・・。・・・・・・・」
「ああ、でも、やめられない何かってあるんだ」
後にも先にも、それを理路整然に説明する術を持たない
誰かを好きになることが、きっとそうであるように
宗教とか学問にも、どんな偉い人にも他の誰にでも
正確なことは説明できない
たとえるなら、そういう言葉。
臨時トラックに入ってきた
残念だが目の前に1人居る。まったく困った話だ。
これを外側から追い抜く力は残ってない気がする
ああ、抜きたい 気がする
しっかし、速いなあ、おい八木(弟)
兄貴はヘタレだったのに、まあ、いい人だったけど・・・・
トラックあと半周・・・
雨も、脚も、肩も、首も、視界もかすむ
オレよりチビな、この色黒なさわやかスポーツマン
人気者の君に負けたところで、
何一つ不名誉なことはない。
でも、悪いけど、横に並ぶよ。
君のファンが多いのは知ってるけどね。
・・・・僕の届く距離は、君の真横までだった
精神論はムダ、言い訳と、とられる
翌日だったか、ゴールの直後だったかは、忘れた
優勝した優勝候補だった八木君が、
照れくさそうに僕に近づいてきて、
わざわざ
「オレ、いっぱい、いっぱい、でした。ありがとうございました」
そういって僕の前を去っていった。
先輩に対して意図的なのか、
それともスポーツマン精神なのか、どっちでもいいのだけど、
ああいう部分が、「いいヤツ」なんだろうと思った。
まあ、おれにはできないがね
ゴールラインをちゃんと超えることができたのは、よかった
今はそれだけ。あと首が痛い
木陰に置いたジャージのポケットに入れた包帯は
もうずぶ濡れだった
僕は適当にその包帯を首に巻き、
負けた言い訳にした。
長いマラソン大会は、終わった。
生きているとなんとも、説明できないことがある
本来ちゃんとした大人になっていくと
それは、ちゃんと言葉とかで理解できて
わかるようになるのかもしれない
走ったことを後悔はしていない。
払った代償は後々大きいことになったけどね。
並らんだのがもう少しゴール手前だったら勝てたのか?
でもね
勝てたら何か変わってたかな?
僕はゴールラインの前で、
神様からドクターストップをかけられた
そんなつもりで居る
その代わり一つ、
良いことを教えてあげるから、と、諭されて。
雨の中、欠場を決めていた僕が、
クラスメートには、ずいぶん
お疲れ様と、ねぎらいの言葉をかけてもらえた
総合2位、歴代記録更新(つまり2人とも記録更新)
結果以上、僕にとって良かったことが多かった
でも、それは走り出す前には知りえなかったこと
「もし来年があって、どうするよ?」
数日後の放課後だった
「んー今度こそ、走らなねー」
「ほー、っていっておいて、走りそうだけどね」
「はんっ!来年は無いから!走ったんだよ」
「まあ、でも、2位だったけど、すげーって思ったぞ」
「勝負に、ケガとか体調のハンデは関係ない、やっぱり負けちゃったんだよ」
「その上、コルセットも包帯も泥だらけで、買いなおさないと・・・・・」
ソイツは言った。
「いや、誰にでもできることじゃないって。やろうとしてもサ」
返事こそしなかったが、まあ、そうかもしれないとおもった。
誰にでも、わかってもらいたいことじゃないし。
オレにしか、わからないこともあるし。
廊下に差し込む日差しが、昨日よりも斜めに、なっているように思えた。
(Fin)