子供のころ、よくおばあちゃんにスリムな姉と比べられていて、そのころに容姿コンプレックスが芽生えたんだと思う
それなのに、わたしは可愛いお人形が大好きで、自分もお人形みたいになりたいと思っていた
そのうえ、四柱推命でいう繊細で美しいものを追い求める「傷官」を2つ持っていて、美に対して完璧を求め、理想に届かないと全てを投げ出したくなる気質だ
そんなわたしが、顔という最も人から見られる部位に炎症をもったのは、潜在意識のなせるわざか。
見ないで、見ないでって顕在意識では思っていても、潜在意識では見て見て、って思っていたのかもしれない
ともかく、顕在意識の私をいじめるかのように、潜在意識が私の顔を真っ赤っかにしたのが2019年
HTL1期の真っ只中は、赤くてかゆくて、所長の配信を聞きながら、治りますように、と何度も願った。
瞑想が身に付いてきて、少し力を取り戻した私はSNS上でなら、と、恥部と感じていた顔をさらし始めることにした。
(でも顔の前にまず声をさらした)
どんな自分でも受け入れたかったから
そこからベイビーステップで表現の場と幅を広げていき、演技、歌、モデル、いろんなことをやった
だけど、まだまだ見られることに抵抗があって、照れや恥ずかしさはぬぐい切れなかった
そうして今年、新年早々、停滞していた一番怖いことをやることにして、わたしは、人に写真を撮られることに決めた。
他撮り、一年半前から、克服したいと思っていた
今まで何度か撮られたことはあった。だけど、思えばどれも、メイクと衣装で自分じゃない何かになって撮られていた
ところが撮影の当日、予約していたヘアメイクに行けなくて、素の自分で撮られるハメに。。
もう今日はやめとくって小さな声で何度も言ったのに、私のソースであるHTLメンバーのみんながそうはさせなかった
優しい声で、撮りましょうよ、あっとちゃんこのドレス着て、って促され、、、
アンビビッドのドレスを着て鏡の前に立ったとたん、涙があふれた
怖かったんです
めちゃくちゃ怖かったんです
理想の自分とはかけ離れた写真を見ることに、見られることになるって思うと
文字にすると、なんてちっぽけな、なんてささいな、なんてしょうもない
だけど、写真撮られるのが苦手だと気づいて、克服したいって思ってから一年半、やっと踏み出した(というか投げ出された)私には、怖くて怖くてたまらなかった
可愛くありたかった
理想の自分が見たかった
でもそれが叶わない
自撮りじゃ自分の顔が見える、角度を変えれる、気に入った笑顔ができる
でも、カメラを向けられたら、どんなふうに写っているのかわからない
泣きそうだ
いや泣いた
ワンワン泣いた
photo by yochuke
涙が止まらなくて、人前でこんなにまで泣いたのは初めてで、もう全部さらした気がした
だから、なんで泣いたかって聞かれたら
理由は、可愛く写りたいのに可愛くないだろうって思ってたから
ほんと、文字にしたら、陳腐だ
だけど、ずっとずっと隠し持っていた私の恐怖
それが、解放されて、撮影のあともずっと涙が止まらなかった
そうしたら、ほんとに不思議なことに、友達の描いてくれた絵や、父の陶芸や、お花、他のすべてのものに感動できるようになった
その日の夜から味わえるようになったんです
ああー美しいなあ、ピュアなエネルギーだなあって
感動して泣く、なんてほぼほぼなかった私が、友達の描いてくれた絵を見てまた泣いた
恥部=顔をさらしたことで、鎧が崩れてしまったみたい
たぶん、今まで見られないようにって気を張っていたのを、見られたことで、降参したんです
サレンダー
そこで、旺季志ずかさんのECCでの話を思い出した
志ずかさんは、今回は完璧な脚本を書くのを手放すと言って、みんなの前で泣いたそう
私もそれに近いのかなあと思った
理想の自分を手放す、ほんとに嫌だけど降参する
(降参せざるを得なかった)
そうしたら現れたのは、キラキラしたピュアな世界だった
今までは、壁の隙間から薄目で見ていた世界だったんだって気づかされた
「怖いこと」に挑戦するって、降参することなんだ
見たくない自分を怖いけど見る
完璧じゃない自分に降参する
あー、それでも大丈夫なんだーって実感する
それを重ねるほどに免疫がついていく
世界がやさしくなっていく
さあ、これからが本番
ピュアで美しい世界を両目でしっかり見よう
photo by yoshi

