アタック!タイタン!(^^)attack titan -183ページ目

僕の話はどこからでも出来るんですよ、

1979年、京都五条のアンでサックス習ってた。同じクラスに一つ年上の東君がいた。東君は高校時代ジミヘンのもろコピーバンドでブイブイ言わせていたんだが、ある時チャーリー・パーカーを聴き天からの啓示を受け(本人談)、いきなり触ったことも無かったアルトサックスに転向して当時開校して間もないアンに入ったんだ。そんなわけで、頭はアフロにジミヘンチョビ髭、50年代ハードバッパーに憧れたヤクザなシャツを着た目立つ男だった。


東君には一つ上の兄さんがいた。兄さんはジャズマニアで、相当数のジャズのレコードをコレクションしていて、自宅で無許可のジャズ喫茶を開いたりしてたんだが、俺が東君と出会った時には完全に隠遁生活に入り、昼夜逆転で哲学書をひたすら読み更けるという毎日だった。


一度だけ東君の家に遊びに行った。レコード部屋でアート・テイタム、ライオネル・ハンプトン、スリム&スラムといった兄さんのレア盤を聴かせてもらいながら呑んだ。ジミヘンバンド時代の写真を観せてくれた。サーカスサーカスかどっかのステージで右利きなのに左で猛練習したストラトもちろん右利き用(笑)を構え、恍惚のチョーキング中のショットだった。シャッターがぶれて胸の所から光が横に流れて写っている。『落合君これ胸から魂出とるやろ?凄いやろ!?』得意気に言う東君は本当にアホでいい奴だった。


『兄貴の写真観るか?』白い菓子箱から大事そうに白黒のキャビネ版を出して来る。『これ、兄さん?』『凄いやろ!?』40年前のギリヤーク尼ヶ崎のような異常にやせ細った長髪白塗りの青年が、KKKのような白装束で自宅であろう和式便所の前で両手にモノホンのウンコを大事そうに乗せて満面の笑みで写っていた。前歯が一本欠けていた。


『東君、これ、何?』『知らんの?ハプニングやん!!』『ハプニン、グ?』多分東君は一昔前に流行ったハプニング芸術の事を言っているのだと思った。『これが、ハプニング?か?』『そうや、ハプニングやろ!?』『ハプニングてこんなんやったんか...』『そうや、凄いやろ!?』確かにモノホンのブツを全く形を損ねることなく両手の平に乗せた御苦労は凄いと思った。それにこれ、ちゃんとしたカメラマンがレフ板とか使って撮った非常に完成度の高い写真だ。この時俺は、『あかん、凡人の俺にはアートは解らん。音楽に専念しよ!』と決意したんだ。


東君はその後、梅田の老舗ダンスホールメトロでレギュラーのハコバンの仕事にありついたが、すぐに東京に出た俺はそれ以来彼には会っていない。『ジミヘン聴いた時はウハーッ!てなってんけど、バード聴いた時はホゲーッ!ってなってん。どっちが凄いかわかるやろ!?』東君が俺にくれた問いかけである。30年経ったが未だに俺には答えがわからない。ギリヤーク兄さんは元気だろうか?ハプニン、グ... (終わり)