アタック散歩 アタックはヘビなので執念深い長女が生まれて30年以上たつが今でも許せんことがある編 | 片麻痺回復への道(アタック散歩)

片麻痺回復への道(アタック散歩)

2008年夏に44歳で、脳卒中後遺症重度左麻痺になりました。リハビリにて回復を目指しております。

アタックはヘビ年生まれなので執念深い。これは長女が生まれた時の話なんだが。1995年だから30年以上前のこと。今でも許せんことがある。 それは別れた元妻の両親にだ。この連中は自己中。父親のアタックを出し抜いてなんでも最初にやってしまう。ようきょが病室にやってきて初めて対面の時、 さて抱っこしようかなあと父親なので当たり前なんだが、アッチノババアが魏父親にだっこしてあげなさいと言って長女を父親のアタックよりも先に抱かせた。この行動をアタックは信じられなかった。そのことは今でも許せん。この儀両親は厄介で、アタックには子供が3人いるのだが、この子たちを保育園にお無理迎えをしていたのはアタックである。ある日北円に迎えに行ったら保育園でおじいちゃんとおばあちゃんが迎えに来て連れて帰ったという。何も聞いていない。すぐに妻に電話したら、妻が居kぁを出したという。この時はさすがのアタックも激怒した。本気で警察に誘拐で通報しようと思った。妻には自分が毎日のお無理迎えをやってるのだから俺の許可をとpるのが当たり前と強く行ったが。妻にはわかっていない。すぐに連絡とって子供返せと伝えろといったんだが。これは心配syぷのアタック。親のいないところで万が一事故などあったらと思うとぞっとする。誰が責任取るのか?まあ、妻も子供に関しては頼りなかったが、買い物行ったら子供ほっておいて買い物に熱中。子供が見えなくなっても平気。このことではよくけんかになったよねえ。アタックの場合、子供はいつも視界に入れている。小さいときには手を津愛で話さなかったが、まあ、3人いると手は2本だからちょっとしんどかったけれどねえ。でも万が一誘拐などされてからでは取り返しがつかないよねえ。それを考えれば異常だといわれるほどが丁度よい。まあ、あの頃は北朝鮮の日本人拉致問題が騒がれていたころだから余計にね。子供家族を命がけで守るという強い意志を持って生活していたよねえ。そのために極真の大会にも出ていた。毎日の道場でのけ稽古では同じ同情勢では遠慮がある。大会では、ほかの道場生と対面する。あったこともない相手だから袁恵世はない。倒すか倒されるかだ。これを無差別犯が家族を襲ってきたと思いその無差別犯を買えりうちにするというソナリオで戦うのだ。まあ、今では簡単にぶっ飛ばされちゃうけれどねえ。でも、ただではやられないよ。杖を駆使して相手にもそれなりのダメージは与えられるとは思うけれどねえ。実はアタック剣道も経験者だからねえ。中学は剣道部。しかも剣道の道場にも通っていたから。 にほんブログ村 病気ブログ 片側痙攣・片麻痺・てんかん症候群へ
にほんブログ村