日々精進と言う言葉は我々にある言葉ではないか。
そう、我々は回復に向かって日々精進しなければならないのである。
回復は、怪我などと違い、数日や数週間で治るものではないのだ。
数十年かかるかもしれないし、回復しないかもしれない。
そんな中、回復できると信じ精進するのである。
中には、セラピストに受けるリハビリで満足している人もいるのではないか?
本気で回復したい患者と惰性でやってるセラピストとの間には相当な温度差があろう。
この温度差に不満を持っている人もおおいのでは?
しかし、これは難しい問題である。相手のあること。
相手を変えさせるのは難しい。だから自分が変わらねば。
最近のセラピスト事情は自分にはわからないが、自分がセラピストにリハビリ受けていたt時のことを思えば
向上心のないやつばかりだったので、そうは変わってないとは思うが。
日々宋人と言う言葉は我々のためにある言葉ではないのか。
そう、或る意味和我々は職人である。
患者の中に本気で回復を願い、精進している人も多いであろうが、損中で、
周りから・家族から今日はもうここらへんでいいんじゃない?と止められるほど
やってる人はいるのか?
そんな自分もそこまではやっていない。まだまだ足りないとは思っている。
他人に停められるほどやればもっと回復できるんじゃないかと思ってはいる。
でも、基本怠け者の自分はさぼってしまう。
全国どこかにスパルタ方式で行う施設があってもよさそうだが。
まあ、スパルタ方式では客が集まらないか。
しかし、今日も、自分に甘いアタックも自分なりにスパルタで散歩だ。
