先日、アサヒビールが店舗向けのクラフトビールの開発と生産体制を増強するような報道が出ていました。
ふーん。。。。
去年の6月には、クラフトビールの小売り向け商品(つまりコンビニやスーパーで売るための商品)からは撤退したアサヒビールですが、本格参入してあっという間の撤退でした。社長自ら「あんなものは大手が手を出すものではない」とまで言い放っての撤退でしたが、まあそもそもアサヒビールという会社の体質と「手工業」は、あまりになじみが悪いw にもかかわらず店舗向けは撤退せず、それどころか体制強化という方針。小売りは撤退、店舗は強化、この分裂は何を意味するか?
小売り参入から撤退のプロセスを、超単純に言ってしまえば「流行ってるから参入、意外と儲からないから撤退、以上」。ではなぜ店舗向けは撤退しないのか。おなじ論点で考えるなら「儲かるから、以上」。なんともアサヒらしい、目の前のこと重視の即物的な話が想定できる。
しかしアサヒのスタンスの良し悪しはともかくとして、小売りは儲からないのに店舗向けは儲かるとは、一体どういうことなのか。素直に考えられることは、いわゆるクラフトビールと言えるような、あるいはもしかしたら「ピルスナーではないビール」は、わざわざスーパーやらコンビニやらで買って家で常飲するものではなく、あくまでもイベント的に飲む特殊なビールである、ということ。キリンがヤッホーブルーイングを仲間に引き込んだりしながら、どういうコンセプトでクラフトビールを展開しようが、結局それが市場のマスの意識の現実である、ということ。
でも、それはそれで当たり前だろう。
多くの諸費者はピルスナータイプのビールしか知らなかっただけで、知ればクラフトは売れるのでは、という論に筋はない。今までだって、市場にはたくさんのビールがあふれていた。コンビニくらいならいざ知らず、ちょっとしたスーパーに出向けば、ずっと以前から輸入ビールを中心にピルスナーではない特徴的なビールはいくらでも売られていた。でも買われなかった。それは、たぶん知らなかったから買われなかったのではなく、知る気がなかった、言い方を変えれば飲む気がなかっただけじゃないのか。結局、一番搾りでもラガーでもモルツでもなく、今もってしてスーパードライの独り勝ち(売り上げが落ちてきたとはいえ)という日本のビール市場の真の姿が、そこにあったのではないかと。
そういう意味では、極端で意地の悪い言い方をしてしまえば、クラフト(的な)ビールは、ある意味で「パーティグッズ」ということかもしれない。
別に、それはいけないことではない。味の嗜好性に良いも悪いもない。単に「そういうこと」というだけ。こういう話になると、必ず日本人の多様性と深みを持てない、文化的な貧しさと未成熟という話が出て来るのだが、まあここでそれを言うのはやめましょう。話の論点が拡散してしまう。その上で、言えることが二つ。
一つは、そんな状況の中にあっても、ピルスナーではないビールの美味しさに目覚め、これからの長きに渡り日本のビール文化の多様性を下支えするであろう消費者層が、必ず一定数は現れるということ。本件に限らず、あらゆるブームという現象のもつ良き側面だろう。
もう一つは、売れようが売れまいがやり続けることは、間違えなく一つの力になる、ということ。キリンが今後のクラフト事業でどう出てくるのかは分からないが、売り上げの増減にこだわらず「それでもクラフトをやる」というスタンスを保つのならば、それはキリンビールというブランドの力になることは間違いない。
ただ、その力の持つ費用対効果をどう算定するのかは問題。趣味の活動じゃないのでね。売れればやる、売れなければさっさとやめるというアサヒの即物的な対応は、ビジネスの教科書的には良くも悪くもまっとうだろう。だがその施策が消費者からの好意を生むことは100%ない。もちろんネガティブな反応もないかもしれないけれど。そんなものには興味ない、というのも実態だろうから。
結局、最後に笑うのは誰か。もちろん、どんな笑い方を望むかによって答えは如何様にも変わる。その笑い方が、企業のポリシーというものだ。それでも一つだけ私がいま言えることは、アサヒビールは企業も商品も好きではない、という事だなw
ふーん。。。。
去年の6月には、クラフトビールの小売り向け商品(つまりコンビニやスーパーで売るための商品)からは撤退したアサヒビールですが、本格参入してあっという間の撤退でした。社長自ら「あんなものは大手が手を出すものではない」とまで言い放っての撤退でしたが、まあそもそもアサヒビールという会社の体質と「手工業」は、あまりになじみが悪いw にもかかわらず店舗向けは撤退せず、それどころか体制強化という方針。小売りは撤退、店舗は強化、この分裂は何を意味するか?
小売り参入から撤退のプロセスを、超単純に言ってしまえば「流行ってるから参入、意外と儲からないから撤退、以上」。ではなぜ店舗向けは撤退しないのか。おなじ論点で考えるなら「儲かるから、以上」。なんともアサヒらしい、目の前のこと重視の即物的な話が想定できる。
しかしアサヒのスタンスの良し悪しはともかくとして、小売りは儲からないのに店舗向けは儲かるとは、一体どういうことなのか。素直に考えられることは、いわゆるクラフトビールと言えるような、あるいはもしかしたら「ピルスナーではないビール」は、わざわざスーパーやらコンビニやらで買って家で常飲するものではなく、あくまでもイベント的に飲む特殊なビールである、ということ。キリンがヤッホーブルーイングを仲間に引き込んだりしながら、どういうコンセプトでクラフトビールを展開しようが、結局それが市場のマスの意識の現実である、ということ。
でも、それはそれで当たり前だろう。
多くの諸費者はピルスナータイプのビールしか知らなかっただけで、知ればクラフトは売れるのでは、という論に筋はない。今までだって、市場にはたくさんのビールがあふれていた。コンビニくらいならいざ知らず、ちょっとしたスーパーに出向けば、ずっと以前から輸入ビールを中心にピルスナーではない特徴的なビールはいくらでも売られていた。でも買われなかった。それは、たぶん知らなかったから買われなかったのではなく、知る気がなかった、言い方を変えれば飲む気がなかっただけじゃないのか。結局、一番搾りでもラガーでもモルツでもなく、今もってしてスーパードライの独り勝ち(売り上げが落ちてきたとはいえ)という日本のビール市場の真の姿が、そこにあったのではないかと。
そういう意味では、極端で意地の悪い言い方をしてしまえば、クラフト(的な)ビールは、ある意味で「パーティグッズ」ということかもしれない。
別に、それはいけないことではない。味の嗜好性に良いも悪いもない。単に「そういうこと」というだけ。こういう話になると、必ず日本人の多様性と深みを持てない、文化的な貧しさと未成熟という話が出て来るのだが、まあここでそれを言うのはやめましょう。話の論点が拡散してしまう。その上で、言えることが二つ。
一つは、そんな状況の中にあっても、ピルスナーではないビールの美味しさに目覚め、これからの長きに渡り日本のビール文化の多様性を下支えするであろう消費者層が、必ず一定数は現れるということ。本件に限らず、あらゆるブームという現象のもつ良き側面だろう。
もう一つは、売れようが売れまいがやり続けることは、間違えなく一つの力になる、ということ。キリンが今後のクラフト事業でどう出てくるのかは分からないが、売り上げの増減にこだわらず「それでもクラフトをやる」というスタンスを保つのならば、それはキリンビールというブランドの力になることは間違いない。
ただ、その力の持つ費用対効果をどう算定するのかは問題。趣味の活動じゃないのでね。売れればやる、売れなければさっさとやめるというアサヒの即物的な対応は、ビジネスの教科書的には良くも悪くもまっとうだろう。だがその施策が消費者からの好意を生むことは100%ない。もちろんネガティブな反応もないかもしれないけれど。そんなものには興味ない、というのも実態だろうから。
結局、最後に笑うのは誰か。もちろん、どんな笑い方を望むかによって答えは如何様にも変わる。その笑い方が、企業のポリシーというものだ。それでも一つだけ私がいま言えることは、アサヒビールは企業も商品も好きではない、という事だなw