世間的には当然「NO」ですよね。
でも、ほんとにそうか?
電車内での携帯電話の使用禁止については、大きく分けて2つの理由がありますよね。
1 ペースメーカーなど医療機器に動作障害を起こす(かもしれない)。
2 単純に周りが迷惑。
ではまず1から。
可能性としてはあるんでしょうね。
余談ですが、携帯電話を左右の耳の片側だけにあてて使用する癖のある人は、脳腫瘍の発生率が統計的に高いそうです。要は左右に分散して負担をかけている分にはなんとかなるが、片側だけに集中させると悪影響が表面化するということでしょうか。
閑話休題。
話しを戻すと、可能性として悪影響が心配されるのであれば「注意」はするべきでしょう。しかし「禁止」する意味を私自身は感じません。
もしも医療機器への影響を考えるのならば、優先席周辺のみを規制しても何の意味もありませんし、普通に電車に乗っている状況で本当に影響が出るのであれば、繁華街でもデパートの中でも、人が密集する場所では全て禁止するのが当然の筋でしょう。
基本的に、携帯電話から30センチほど離れれば、携帯電話くらいの出力の電磁波の影響はおおよそ消えるそうです。だとすれば、ラッシュの寿司詰め状態でもない限り、周囲への多少の注意と気配りがあれば、医療機器への影響という理由としては電車内で携帯電話を禁止する理由があまりありません。それでも禁止だと言うのならば、そもそも携帯電話という商品の存在を認めること自体が間違えています。
つぎ、2。
周りの客が迷惑だということですが。
確かに、携帯電話で話しをしていると(普通の電話でもそうですが)声が大きくなりがちです。実際楽しそうにアホみたいに大声でギャーギャー電車の中で話しをしている馬鹿は時々います。それはまあ問題外とすると、じゃあ普通の声の大きさで、あるいは普通よりも低いトーンで話しをしていると、具体的に何が迷惑ですか?合理的かつ論理的な説明を求めたいと思います。
個人的な感想でいうと、微塵も気になりません。気になってしょうがないという方、気になるもんだと思い込んでいて、勝手に気になってませんか。だとしたら、はっきり言ってその方が迷惑です。
1でも2でも言えることですが、極論すると「じゃあ、電車の中に2、3人くらいしか乗客がいなくても、携帯電話は使用禁止なのか?」ということになると思います。まともな脳味噌の方であれば、大抵はこう答えてもらえると信じます。
「それはまあ、ケースバイケースで」
その通りです。
電車の混み具合などの状況を考えて、本当に混み混みの時には使わない、多少人が多い時には空いているところに移動してつかう、声のトーンは状況をみて控えめに、そういったケースバイケースの判断がきちんとできれば、電車内で携帯電話を使うことに何の問題があるんでしょうか。
それでも絶対禁止だというのであれば、その明確な理由が知りたい。
ということなので、私は必要であれば電車内でも携帯電話を使います。仕事で移動している時など、移動時間の大半は電車やバスなどの交通機関の中です。そこで携帯電話が使えないのなら、携帯電話をもっている意味が半減します。
え?下りてから使え?そうですね。ただし、30分後でも間に合う用件ならね。そんなに悠長な仕事している人ばかりではありませんよ、世の中。
でもね、ある意味わかるんです。
電車内では携帯電話の使用禁止。その禁止の仕方の是非はあるにせよ、これは要は携帯電話の使用に関するマニュアルです。そういうものが必要だということも理解はします。
ファーストフードやコンビニの接客には、マニュアルがあります。何故だか考えたことがありますか。もちろん私もそのマニュアルを作ることを企画した方に聞いたわけではありませんが、私は2つの想像をしています。
一つはどこの店舗でも均一なサービスを展開し、そのチェーン全体の評価を一定以上の基準に保つため。もう一つは、マニュアルを作ってそのとおりにさせないと、挨拶ひとつまともに客に出来ない奴がいくらでもいる、ということです。
でも、マニュアル(あるいは一般論)で縛ると、今度は一切融通が利かない人が出てきますよね。それもけっこう・・・。
私、いっつも思うんですよ。救急車がくると、どうしてみんな一生懸命によけるんだろうって。え?当たり前だろう?
そうですかね。ここで重要なのは、救急車がきたら「よける」ことではなく、救急車が「よりスムーズに進行できる」ことですよね。よけることが問題の本質ではなく、救急車が早く進めるようにしてあげることが問題の本質のはずです。
複数車線あり、普通に走っていればなんら救急車の妨げにならないような道でも、救急車がくるとみんな必死で道を空けますよね。で、モタモタとみんなが避けているのを、救急車がジリジリと待っている姿、見かけませんか?
そんな無駄なことをしている暇があったら、渋滞しているわけじゃないなら救急車ともどもサッサと前に進めばいいじゃないですか。
「救急車がきたら道を譲る」。そういうルールを教え込まれると、状況に応じて自分のすべきことを判断することが出来なくなる人、いませんか。
携帯電話も一緒です。ケースバイケースの判断が出来ない奴がはびこると、一律のルールで縛る。そうすると、もともとはケースバイケースが出来るはずだった人まで、状況によってはルールから逸脱してもよいという単純な判断、もっといえば想像力がなくなる。
救急車の例も含め、そういうの一言でいうとなんだと思いますか。偉そうなこと言うようですが、そういうのを「馬鹿の一つ覚え」っていうんだと思います。
要はまっとうな想像力と、合理的な判断力。
それだけがあれば十分なんじゃないですか?私自身がどうかは知りませんが、少なくとも理屈としてはそういうものだと思います。
私は、誰がなんと言おうと電車の中で「状況に応じて」携帯電話を使います。それが間違えているという合理的な理由を提示されない限り。
ダメですか?ダメならダメ!とキッパリ否定して欲しいんですよね。ただし、ダメって決まっているから、とかいうことじゃなくて・・・
でも、ほんとにそうか?
電車内での携帯電話の使用禁止については、大きく分けて2つの理由がありますよね。
1 ペースメーカーなど医療機器に動作障害を起こす(かもしれない)。
2 単純に周りが迷惑。
ではまず1から。
可能性としてはあるんでしょうね。
余談ですが、携帯電話を左右の耳の片側だけにあてて使用する癖のある人は、脳腫瘍の発生率が統計的に高いそうです。要は左右に分散して負担をかけている分にはなんとかなるが、片側だけに集中させると悪影響が表面化するということでしょうか。
閑話休題。
話しを戻すと、可能性として悪影響が心配されるのであれば「注意」はするべきでしょう。しかし「禁止」する意味を私自身は感じません。
もしも医療機器への影響を考えるのならば、優先席周辺のみを規制しても何の意味もありませんし、普通に電車に乗っている状況で本当に影響が出るのであれば、繁華街でもデパートの中でも、人が密集する場所では全て禁止するのが当然の筋でしょう。
基本的に、携帯電話から30センチほど離れれば、携帯電話くらいの出力の電磁波の影響はおおよそ消えるそうです。だとすれば、ラッシュの寿司詰め状態でもない限り、周囲への多少の注意と気配りがあれば、医療機器への影響という理由としては電車内で携帯電話を禁止する理由があまりありません。それでも禁止だと言うのならば、そもそも携帯電話という商品の存在を認めること自体が間違えています。
つぎ、2。
周りの客が迷惑だということですが。
確かに、携帯電話で話しをしていると(普通の電話でもそうですが)声が大きくなりがちです。実際楽しそうにアホみたいに大声でギャーギャー電車の中で話しをしている馬鹿は時々います。それはまあ問題外とすると、じゃあ普通の声の大きさで、あるいは普通よりも低いトーンで話しをしていると、具体的に何が迷惑ですか?合理的かつ論理的な説明を求めたいと思います。
個人的な感想でいうと、微塵も気になりません。気になってしょうがないという方、気になるもんだと思い込んでいて、勝手に気になってませんか。だとしたら、はっきり言ってその方が迷惑です。
1でも2でも言えることですが、極論すると「じゃあ、電車の中に2、3人くらいしか乗客がいなくても、携帯電話は使用禁止なのか?」ということになると思います。まともな脳味噌の方であれば、大抵はこう答えてもらえると信じます。
「それはまあ、ケースバイケースで」
その通りです。
電車の混み具合などの状況を考えて、本当に混み混みの時には使わない、多少人が多い時には空いているところに移動してつかう、声のトーンは状況をみて控えめに、そういったケースバイケースの判断がきちんとできれば、電車内で携帯電話を使うことに何の問題があるんでしょうか。
それでも絶対禁止だというのであれば、その明確な理由が知りたい。
ということなので、私は必要であれば電車内でも携帯電話を使います。仕事で移動している時など、移動時間の大半は電車やバスなどの交通機関の中です。そこで携帯電話が使えないのなら、携帯電話をもっている意味が半減します。
え?下りてから使え?そうですね。ただし、30分後でも間に合う用件ならね。そんなに悠長な仕事している人ばかりではありませんよ、世の中。
でもね、ある意味わかるんです。
電車内では携帯電話の使用禁止。その禁止の仕方の是非はあるにせよ、これは要は携帯電話の使用に関するマニュアルです。そういうものが必要だということも理解はします。
ファーストフードやコンビニの接客には、マニュアルがあります。何故だか考えたことがありますか。もちろん私もそのマニュアルを作ることを企画した方に聞いたわけではありませんが、私は2つの想像をしています。
一つはどこの店舗でも均一なサービスを展開し、そのチェーン全体の評価を一定以上の基準に保つため。もう一つは、マニュアルを作ってそのとおりにさせないと、挨拶ひとつまともに客に出来ない奴がいくらでもいる、ということです。
でも、マニュアル(あるいは一般論)で縛ると、今度は一切融通が利かない人が出てきますよね。それもけっこう・・・。
私、いっつも思うんですよ。救急車がくると、どうしてみんな一生懸命によけるんだろうって。え?当たり前だろう?
そうですかね。ここで重要なのは、救急車がきたら「よける」ことではなく、救急車が「よりスムーズに進行できる」ことですよね。よけることが問題の本質ではなく、救急車が早く進めるようにしてあげることが問題の本質のはずです。
複数車線あり、普通に走っていればなんら救急車の妨げにならないような道でも、救急車がくるとみんな必死で道を空けますよね。で、モタモタとみんなが避けているのを、救急車がジリジリと待っている姿、見かけませんか?
そんな無駄なことをしている暇があったら、渋滞しているわけじゃないなら救急車ともどもサッサと前に進めばいいじゃないですか。
「救急車がきたら道を譲る」。そういうルールを教え込まれると、状況に応じて自分のすべきことを判断することが出来なくなる人、いませんか。
携帯電話も一緒です。ケースバイケースの判断が出来ない奴がはびこると、一律のルールで縛る。そうすると、もともとはケースバイケースが出来るはずだった人まで、状況によってはルールから逸脱してもよいという単純な判断、もっといえば想像力がなくなる。
救急車の例も含め、そういうの一言でいうとなんだと思いますか。偉そうなこと言うようですが、そういうのを「馬鹿の一つ覚え」っていうんだと思います。
要はまっとうな想像力と、合理的な判断力。
それだけがあれば十分なんじゃないですか?私自身がどうかは知りませんが、少なくとも理屈としてはそういうものだと思います。
私は、誰がなんと言おうと電車の中で「状況に応じて」携帯電話を使います。それが間違えているという合理的な理由を提示されない限り。
ダメですか?ダメならダメ!とキッパリ否定して欲しいんですよね。ただし、ダメって決まっているから、とかいうことじゃなくて・・・