
みなさん、富士山なんて今更・・・って思っていませんか?
確かに今更の手垢のついた山ですが、しかしね、凄いよ。
空気の澄んで晴れ渡った日の明け方、この天下茶屋から富士山みてみ。マジで仰天するから。凄すぎて言葉も出ないから。
息を呑むとはこのことか・・・って思いますよ。
ここは、ちょっと思い出の場所。
以前の仕事でCM撮影に使ったんですが、それが私の最後の仕事でした・・・
2000年6月。
天下茶屋にて某ビール会社のCM撮影を行なう。
早朝撮影のため、撮影前日は天下茶屋近くのロッジにスタッフ全員で宿泊。夜中、激しく雨が降る。
撮影機材を満載した数台のトラックの荷台を、雨が滝のように流れ落ちる。
あと3時間でロッジ出発。夜明けと共に撮影を開始しなければならない。雨は止むだろうか。
私は不安な顔をしていたのかもしれない。
カメラマンが一言「雨で空気も澄んで、朝はすっきりした空になるよ」。
遡ること二ヶ月前、私は撮影場所を探していた。
何冊の資料を読み込んだかわからない。どれほど調査の電話をしたかわからない。
撮影場所の候補地が100箇所を超える。それら全てに数えきれないほどある撮影条件を一つ一つあてはめて、徐々に数を絞っていく。
残った場所が30程に減ったところで、現地での確認、いわゆロケハンを行なうことにした。
撮影場所を決めれるに十分な情報と根拠をつかまなければ、東京には戻れない。しかし、早く撮影場所を決定しなければ、オンエアに間に合わなくなる。
アシスタントの女の子と共に、いつ帰れるともわからず富士山麓を彷徨う。おなじ道を、何度往復したかわからない。
ロケハン初日、東京出発以前に打合せをさせてもらう約束をしていた、地元の富士山をメインに撮影するアマチュアカメラマンと会う。
限られた情報の中で、漫然と調査をしても効率が悪い。富士山撮影に関するノウハウをいろいろと聞き出したかった。
彼らにしてみれば、長年かけて掴んできた撮影ノウハウを簡単には教えたくはないだろう。まして、自分のホームページに突然撮影ノウハウを教えて欲しいと不躾なメールをしてきた、東京の赤の他人などに。
それでも、そのアマチュアカメラマンは快くこちらの要望を理解してくれた。ありがたかった。
結果的に、彼も薦めてくれた天下茶屋を第一候補とする。
ガスが晴れずにくっきりとした富士山は確認できなかったが、それでも景観の良さは明らかで、また撮影のための周辺状況を整えられる確認が出来たため、ベストと判断した。
5月。
撮影場所の最終決定のため、メインスタッフをつれてロケハンに。天候不順のため富士山がハッキリと見えず、スタッフを説得しきれない。
東京に戻った後、何度かの打合せを経て、撮影場所はなんとか天下茶屋前と決定。
詳細な撮影日を決めるため、天気図とのにらめっこが始まる。
そのほかにも、撮影当日のスケジュールや(富士山以外にも撮影しなければならないカットはたくさんある)、機材の選定、スタッフのスケジュール調整、小道具の準備、予算の調整、やればやるほど仕事が増える。
撮影までの2週間、睡眠時間はほとんどなくなった。
アシスタントの女の子もほとんど家に帰れなくなる。風呂入る気力も失せ、ボロ雑巾のように会社の床に突っ伏してねる姿を見て、ちょっと可愛そうになる。
しかし逃げ場はない。私と彼女が逃げたら撮影は出来ない。
手前味噌に語弊を恐れずに言えば、カメラマンの代わりは居る。照明マンの代わりも居る。ヘアメイクの代わりも居る。すべてのスタッフは代わりが居る。しかし、撮影に関するすべての状況把握をしているのは自分しかいない。自分が逃げたら、全てが終わる。
そういう恐怖と、自分しか居ないという自尊心だけが、限界まで体力を続かせるカンフルかと思う。
再び、6月。
早朝撮影のため、撮影前日は天下茶屋近くのロッジにスタッフ全員で宿泊。夜中、激しく雨が降る。
撮影機材を満載した数台のトラックの荷台を、雨が滝のように流れ落ちる。
あと3時間でロッジ出発。夜明けと共に撮影を開始しなければならない。雨は止むだろうか。
私は不安な顔をしていたのかもしれない。
カメラマンが一言「雨で空気も澄んで、朝はすっきりした空になるよ」。
朝4時00分、ロッジ出発。
機材車のエンジン音が、うっすらと白んできた澄んだ星空に響く。
雨は止んだ。
あとは富士山にガスがかからないことを祈るばかり。
4時30分、天下茶屋前到着、撮影準備開始。
準備が半分ほど終わった数分後、夜が明け始める。
目を疑った。
想像もしていなかったような光景が目の前に現われた。
息を呑むとはこういうことか。
山頂にうっすらと雪をかぶり、薄い桃色に染まった巨大な富士山が眼前にある。
威風堂々、これが日本最高峰の本当の姿か。
言葉も出ない。
作業を急ぐスタッフの手が思わず止まる。
監督が呟く。
「これは・・・すごい・・・」
その場所での撮影自体は、わずか数分。
2ヶ月かけた準備の結果は、その数分で終わり。
それでも、私は満足。
それで十分。
夕方に、第2候補だった場所から念のため富士山の撮影をするが、ガスってしまいよく見えない。
粘ること2時間。晴れた。
夕方になって一度ガスった富士山は、中々は晴れない。
後日、件のアマチュアカメラマンに、撮影終了の報告と、お礼の連絡をする。
「いやあ、晴れましたね。夕方も晴れましたね。私も気になって明け方から見ていたんですよけれど、あんな晴れ方すること私も滅多に見られませんよ。よかったですねえ」
私がやめる時に、その時のプロデューサーが一言。
「あれは山の神様が「一度だけだよ」って言って味方してくれたんだよ」
私は今でもそう信じている。