ポルトガルの代表選手としてピークを迎えながらワールドカップ決勝でPKを外して失意の中で引退を表明した選手ディアマンティーノ。彼を利用しようとする陰謀を通して、愛と、分断を描いています。
ディマンティーノは父の愛を一身に受けて育った天才的サッカー選手。調子がいいと、そこには相手もファンもレフェリーもなく、ただふわふわの巨大な犬たちと戯れているだけの景色があるだけ。
ワールドカップ決勝前に家族でボート遊びしているとそこにボートに乗った難民たちが。そして父親は決勝の最中に姉と口論中に急死。そしてPKを外して失意のどん底に。姉たちがマネジメントを引き受け、怪しげな組織の実験に協力することに同意してしまいます。ディアマンティーノ本人は、テレビのインタビュー中に難民を養子にすると宣言。
そこで動き出したのが、かつてから彼にマネーロンダリングの疑惑を持っていたマルサの女たち。彼女たちは恋人同士でもあった。難民とシスターを装ってディアマンティーノに接近、アイシャが男装してラヒームという難民として養子になることに成功。
ラヒームはディアマンティーノの周辺を探るけれども元々少しオツムが足りないだけの純真な男なので、埃も出ない。一方、姉たちを調べるとディアマンティーノの金を横領してオフショアアカウントに送金していたことが判明。
ディアマンティーノを実験している博士は彼のクローンを作ろうとしていることが判明。バックには、EU独立を目指す排外主義者の集団が。彼を使ったCMで異民族ヘイトをまき散らし、ディアマンティーノのクローンを作って最強集団を作ろうとしていた。しかし彼の体にはカクレクマノミの遺伝子が紛れ込んでおり、段々身体が女性化していた。
姉たちの周辺を探っていたことがばれ危機に陥るアイシャ。そこにディアマンティーノが帰り、二人で逃げ出す。女性化したディアマンティーノと愛し合うアイシャ。しかしそこに姉たちからのアイシャとソニアの密会映像が。初めて本当の愛と嫉妬、裏切りを知るディアマンティーノはまた実験室に帰るが、瀕死の状態になったときにアイシャが駆けつける…。
サッカー選手が主人公だと知ったときから、ハンパな映像ではいいプレーに見えないし、どう描くのかな、と思ったら、まさかの犬との戯れ。とても幻想的な映像になっていました。女性関係にもまったく興味のなかった彼が、自分が女性化することと、息子だと思っていたアイシャが女性であると気づいたことで愛を知る、とか、不安定な自我がアイデンティティーをどう獲得してゆくのか、うまい比喩になっているな、と思いました。
難民に対する理解だって、詳しいことを知っているわけでもないから、「カナダからでも」と言ってしまうところまで含めて、ユーモアにくるんでいるけれど、抱えている問題意識は純真なものです。
音楽にワーグナーが大々的にフィーチャーされているのは、ブリュンヒルデとヴォータンの父娘間の愛情とか、自己犠牲とか、その辺の複雑な濃密な関係を匂わせているのかな、と思ったり、でもナチスに大々的に持ち上げられた音楽を、いまネオナチへのアンチテーゼとして使うのか、とかいろいろと考えさせる映画でした。