録画だけしてちゃんと見てなかった、ヒッチコックの「裏窓」を見ました。

骨折故に動けなくなったカメラマン、という単純な設定から、限定された視界に見えるものから想像力を膨らませる、という表現の可能性を引き出した傑作。
いまやこんな覗き見は眉をひそめられるだろうし、人から見られることを前提にこんなに開放的に暮らす人々もいないでしょうが、犬の死のシーンで飼い主が叫ぶ「ご近所って、お互い、生きてるか死んでるかぐらい気にかけるものでしょ?」というセリフは、そのまま現代の無関心にも突き刺さりますね。ということは、この無関心の萌芽はすでに1950年代に見られたものなのでしょう。
メインの事件はいささか乱暴な展開をたどりますが、あらゆる窓から見える出来事はリアルタイムで結びついて進行し、あたかも「24」シリーズのよう。自殺寸前までいった中年女性が作曲家とつきあい始め、仲むつまじかった新婚カップルがけんかするようになるなど、人生の諸相を凝縮しているところがすばらしい。
主人公は最終的にはこの冒険の伴走者となってくれたリザとは結婚するのでしょう。お互いの違いを認め合い、受け入れながら、自分は自分として生きていく、そんなしたたかさを、リザは体現しているように見えます。