
ってなんのこっちゃ。
ブルックナーの音楽を同時代の他のロマン派作曲家と同じように捉えて、アプローチするとこういう演奏になるのはきわめて自然な流れのように見える、という意味です。
到達するべき目標があって、そこにいたるためにどのように曲の諸要素が構築されているかを分析した上で、どのように演奏すれば最大の効果を上げられるか、をきわめて律儀に実践しているように見えるのです。その作為が見えすぎてしまうのが困りものですが。
同時にそれが一般的な意味での「ブルックナーらしさ」を奪う結果ともなっているように見えます。
これがあと四半世紀を経て、どのような地点に到達したかは、すでに多くの人の知るところとなりました。その片鱗も弦楽合奏の弱音の緻密さに見ることはできると思います。
残念なのは特に2楽章などのマンネリに陥ったカット割りです。この画質のドン引きだけではほとんど何も伝わってきません。