
で、この一冊もそういう主人公が登場するおはなしです。人によっては禅の公案を小説にしたものだ、とかいう意見もあるようですが、そんな理論武装をしなくても、十分楽しめる小説だとおもいました。
坂本龍馬の背中にたてがみが生えていた、という話から、代々背中にたてがみが生える家に生まれた成雄の摩訶不思議な体験の物語に入っていきます。
オリンピックも夢じゃないほど足が早い成雄には、オリンピックよりも大事な友達の書家がいて、その人物がひん死の重傷を負ったところから成雄は人里離れた山の中に不思議な社会があることを知ります。その社会に入っていったことから成雄の意識には変化が生じ始め、唯一のアイデンティティともいえる背中のたてがみを剃ってしまうのですが…。
思春期の青年の自意識、罪の意識やコンプレックスというものの変わりゆく様態を例によって率直な表現で綴っているように思います。随所に書道の修行にはげむ主人公の墨をするおとが入っていて、その擬音が成雄の心情を表す、というところもとても感覚に訴える表現でした。