


パリに金庫破りの仕事をしに来たゼッド(エリック・ストルツ)が、タクシーの運転手の計らいで出会ったコールガールのゾーイ(ジュリー・デルビー)と過ごしていると、そこに乱入してきた友人のエリック(ジャン・ユーグ・アングラード)がゾーイを部屋から追い出し、金庫破りの計画を打ち明けるという話。11年ぶりに再会した友人だというのですが、過去にどんな大きな仕事をしたのかは、あまり語られません。
冒頭のタクシーのシーンから、このゼッドの顔がマイケル・J・フォックスに似てるなぁと思っていたのですが、それはもともとエリック・ストルツが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のマーティー役にキャスティングされていて、その代役にマイケルが選ばれたのだから当然でしょうか。
ゼッドとゾーイが愛し合うシーンでカットバックする「ノスフェラトゥ」、これから起きる事件の予兆としてインサートされているのでしょうか。
エリックが来てから明かされる銀行襲撃計画のずさんさと、その前夜とも思えない麻薬パーティー、なんていい加減なんだろうと思わざるを得ませんが、「実はおれエイズなんだ」と一言つぶやくエリック。破滅願望を匂わせて同時にゼッドへの同性愛告白ともとれるシーンがあり、これはゾーイとエリックの間の「ゼッド争奪戦」と受け取るべき物語なのでしょう。タイトルのKilling Zoe(ゾーイ殺し)にしても、主語は明らかにエリックを指しています。金庫を破ることは目的に達するための手段に過ぎず、真の目的は恋のライバル・ゾーイを殺して、ゼッドの愛を独占することだったのでしょう。
ちょっとはっきりわからなかったのが、銀行の中でエリックが初めてゾーイを見たときから彼女を前夜のコールガールと認識していたかどうか。見せしめに殺そうとするときにははっきり意識していますが。本当ならゾーイの方はあんなにじろじろエリックを見たら生命が危ういので、たとえ見覚えのある顔だと気付いたとしても顔を伏せるべきなんじゃないかと思うんですが、そうしたらドラマが始まらないですよね。むしろゼッドを彼には渡すまい、という決意の現れがあの毅然とした態度になっているととらえるべきでしょう。
公開当時はタランティーノ・ブランドの一つ、みたいに見られて、実際総指揮にタランティーノが名前を連ねてもいるんですが、仏・米の合作ということで、一味違うテイストに仕上がっています。会話の大部分がフランス語で進むので、むしろ「勝手にしやがれ」などのヌーヴェルバーグテイストを念頭において作られたんじゃないでしょうか。銃撃シーンも、撃つ瞬間をグロテスクに見せることは避けていて、「レザボア・ドッグス」などのタランティーノ物とは一線を画する作風です。血が見たくない人にはお勧めしませんが。