
セリヌンティウスというのは、太宰治の「走れメロス」に出てきて、人質にとられるメロスの友人役の名前です。久しぶりにこの名前聞いたなぁ。「初夏満点の星であった」などの決まり文句は覚えてるのに、人の名前は忘れるんですよね。認知症の始まりもこんなもんですか。
で、6人の素人ダイバーが大時化で揺られながらも6人の輪を保つことで生き延び、そこから生まれた特異な信頼関係で結ばれている、という前提を元にスタートしています。そういう人間としてのバイアスを設けることで、後の議論の進行をある方向へリードしていこうという、仕掛けとして機能させているのです。思えば「アイルランドの薔薇」では、IRAという特殊な組織の掟と信念が、「水の迷宮」では、水族館という共通の守るべき財産が、そして「扉は閉ざされたまま」は大学のサークルという絆がそういう仕掛けとして機能してきたことを思い出します。
その6人の中でも美しかった美月という女性が青酸カリを飲んで自殺した、というところから始まり、その死についてある疑惑が浮上したところからストーリーが始まります。ストーリーの途中から、なんとなく彼女の自殺が、あとに残された5人を取り巻いている状況、という構造に気づき、不思議な感興を起こしました。結論そのものはそれほど意外なものではなかったかもしれません。
この人の作品には、純粋なる悪意というものは存在しないケースが多く、その分、ストーリーの進行を登場人物の心理的な葛藤に任せているようです。そのため、ややまだるっこしい議論になることも多かったり、期待していたほどには、最後の結論が意外性がなかったりすることもあるのですが、トータルで描いている人間の善意というものが確信犯的に人工的な美しさを持っているところに、逆に惹かれています。
ミステリーではあるのですが、完全犯罪とか、犯人の仕掛けたトリックを見抜く、みたいな醍醐味はないので、そういうのを期待する向きにはがっかりされるかもしれませんが、まあそういう性質の本です。