
島田荘司の名前を初めて知ったのは、実はそんなに早くなくて、「切り裂きジャック/百年の孤独」という、奇しくもこれも切り裂きジャックがらみのものでした。こっちの作品は、現代のドイツに起きた事件を解きながら、100年前の世紀末のイギリスで起きた事件にも合理的な解釈を加えるという、なかなかの離れ業で説得力もあり、かのパトリシア・コーンウェル先生にも読んで勉強していただきたいくらいの力作でした。
今度の「上高地の切り裂きジャック」は、完全に現代の日本を舞台にした物語で、日本にはいない御手洗潔が活躍する人気シリーズです。ただ、長編というよりは中編で、後ろ半分は「山手の幽霊」という同じぐらいのサイズの中編が収まっています。
女優がドラマのロケの最中に殺されて、犯人の精液まで残されていたのに、腹は切られて、内蔵が持ち去られていた、という猟奇的事件、しかもその犯人とおぼしき人間には絶対のアリバイがある、というお話です。最後の謎解きまで犯人は読めなかったですが、死亡推定時刻をめぐる豆知識はちょっと面白かったです。
後半の「山手の幽霊」の方が、どちらかというと人間ドラマ的な読みごたえはありました。代々人が住み替わるたびに奇妙な死に方をする家と、幽霊を見て精神を病んでしまう電車の運転士、その二つの事件の関係は?最後に残された犯人の手記も含めて、この作家が大切にしている、トリックの背景にある人間的動機が丁寧に描かれています。最近の若い作家の中には、動機なんてどうでもいい、という開き直りのようなものがあって、非常に刹那的な感覚が見られるときもあるのですが、さすが大御所はちがいますな。