
作者の今野敏は、この「ST」シリーズのほか、「宇宙海兵隊ギガース」シリーズや伝奇物なども盛んに発表している多才な人で、その中でもこの「ST」シリーズは快調なペースで新作の発表が続いている。
このシリーズの性格は刑事物に近いのだが、主人公の科学特捜班は厳密な意味では刑事ではなく、技官のような位置づけ。エスパーではないが、異常に鋭敏な聴覚・嗅覚や心理分析能力、カリスマ性など、個性豊かなメンバーの集合体である。それを束ねるキャリア組のエリート警部と、現場たたき上げの刑事といったところが常連メンバー。
毎回現場の刑事たちにつまはじきにあう、という描写がお決まりのようにあるのだが、全シリーズ通じてだとやや飽きるかも。
また、「調査ファイル」シリーズは毎回頭に色の名前がついているのだが、今回の「黒」でいったん終了らしい。この色の名前はメンバーにもついていて、今回の主人公は黒崎。鋭敏な嗅覚を持つ武術の達人。さらに口もほとんど利かない、というわけでキャラ立ちではトップクラス。
事件はぼくのご近所でもある新宿・歌舞伎町を舞台に起きる。町を牛耳るチャイニーズマフィアの勢力争いの最中に起きる不審な火事。放火も疑われるのだがその痕跡はなく、さらには直前に幽霊騒ぎまでまきおこる。さらに並行して、ワンクリック詐欺に引っかかった劇団員が、背後の暴力団に復讐を企む物語が進行する。ワンクリック詐欺の描写は詳細で面白い。ただし逆探知がこんなにうまくいくとは限らないので素人は真似しないように。
事件の解決としては、ややあっさり気味で、天安門事件当時のエリート学生だった新興マフィアのボスがわざわざ企む放火殺人事件もややスケールが小さいし、つかまった後もずいぶん淡白だ。ただ、全体を通じて黒崎と劇団員の交流やSTと組織暴力団専門の捜査班の対立などが描かれ、一気に進むので読んでいるときにはさほど気にならない。
チャイニーズマフィアの描写としてはややリアリティが薄いのかも知れないが、まぎれもない「今」の物語であることには違いない。