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渋谷のTSUTAYAのミステリーをよく置いてある新書コーナーに置いてあったので、ミステリーモノかと思って買い置きしておいた「聖者の異端書」を読んだ。

読んでみたら予想と違い、これはファンタジーに分類すべきものだと分かったが、それはともかく、これは「C*NOVELSファンタジア」編集部が募集したファンタジー小説の公募の中で特別賞を受賞したものだということだ。大賞は別な作品が受賞したらしい。

中世の教皇礼拝堂の床から異端審問僧によって発見された文書を訳したもの、という体裁で、婚約者を結婚式の当日に失った姫がその婚約者を求めて冒険する、というお話。名のない姫君「わたし」と、その乳兄弟で坊主の見習いをしているイーサン、そして隣国の王子マンフレートが協力しあって旅をするという物語である。

この物語で独特なのは、婚約者を奪回するまでのアクション満載の冒険譚かと思いきや、時間を割いて語るのが冒険によってゆらぐ信仰の問題であることだ。その本質的なエッセンスは後半にしか姿を現さないのだが、問題意識は前半からちらついている。

中世の閉鎖された精神社会に矛盾を感じながらも家のために王家のしつけを全うして生きてきた姫が、婚約者を探すために変装をし、諸国を旅しながら王家で受けてきたしつけのさまざまな要素を放棄してゆくさまでもあるのだが、やや具体性に欠けるかも知れない。

当初のスタイル的な狙いは「薔薇の名前」のようなモノだったのかも知れないが、文体もかなり平易な口語になっており、かなり児童文学に近い読みやすいものになっている。ただ、そういう文体だからなのか、著者の若さなのか、ファンタジー的な出来事が起きた時に登場人物が対して驚かない、というのは、中世の封建的な世界を舞台にした時にはやや違和感がある。どんなことが起きても大して拒否反応を示さずに適応していくので、物語的なダイナミズムは生まれにくい。カタルシスがすべて会話分の中にある、というのはファンタジー小説としてはちょっと物足りない。

また、一番の事件である王子の消失を企んだ黒幕というのが案外普通というか、その手口も言ってしまうとなぁんだ、なのでいろんな意味で惜しい作品ではある。

この作者が今後も著作活動を続けていくのかやや不明ではあるが、次作に期待したいところではある。