いや、みんながどうせ何か言うだろうし何か後から付け足すような感じになるのもなんだなぁと思って黙っていたけれども、あんまりなのでやっぱり言っておこう。

衆議院議員の永岡氏の自殺をめぐっての論議が責任のなすりつけ合いに発展しているというが、世の中で一番こういうときにちゃんとしていなければならない人種がこれである。サル山にでも行きやがれ。

故人に鞭打つ気は毛頭ないが、政治に体を張る、命を懸けると公言してはばからないのが政治家である。やるときにはやることはやらねばならないし、死んで責任を免れるというわけでもあるまい。選挙民だってそのつもりで選んでいるのだ。

もしも人一人の生き死にをああだこうだ言うことで、参議院の審議が左右できると思うのならば、それこそ履き違えである。本人だってプレッシャーでつらくて死ぬのならばむしろ投票前に死ぬだろう。そうしなかったのは政治家としてのプライドであり責任感だろう。そこには「やるべきことはやる」というプロの政治家の意識があると思う。

これから投票する立場の参議院議員が次々と自殺しているのならば票の集計にも差し支えるし、由々しき事態だが、すでに投票が終わった衆議院議員の話である。憶測で何を言っても所詮憶測に過ぎない。本当に政治に命をかけて、本気で郵政改革法案を阻止するつもりの参議院議員がいるのならば、「私は無理やり圧力をかけられました」とでも遺書を残して自殺でも何でもするがいい。生き残って勝手なことを言うのならば投票という、自らの行動で示せば済むことである。投票の資格もない外野の野次は雑音以下である。黙っているがよろしい。