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鯨統一郎の「まんだら探偵空海・いろは歌に暗号」を読んだ。

この人の名前、本名なんだろうか。と不思議に思ったことは別にして、他にも講談社ノベルスで「タイムスリップ」シリーズを書いたりしている、舞台設定の守備範囲の広い人だ。わりに歴史物を得意としているということなのだろうか。

今回は、「薬子の変」という、歴史の教科書には必ず出てくる、反乱未遂事件をメインストーリーにして、その真相を空海が推理する、というのが基本的な流れである。それを振り返る視点として、ちょっと後の世の室町時代の足利義尚の時代から語っている、というのもずいぶんマニアックな凝りかただ。もしかしたらこのシリーズの前作「金閣寺に密室」などに登場した一休さんとの関連をつけたかったのかもしれない。

人の心を操る力があると言われた美女・薬子と、その薬子に唆されて挙兵を決意する平城上皇、その弟で自分流の政治を行い始めた神野帝、薬子と法力比べをする空海、空海をライバル視する最澄、そして薬子の変で活躍する征夷大将軍・坂上田村麻呂など、役者に不足はない。一見単純な謀反未遂事件だが、その実各登場人物の細かい動機がはっきりしない、という点をかなりうがった解釈をしながら、読み解いてゆく。一番の大仕掛けは、薬子が平城上皇に挙兵を決意させるために嵐山を消して見せる、というくだりだが、ほかにも薬子と空海の法力比べに使われる物理トリックなど、ミステリーとしての条件は満たしている。

初め通して読んで行くと、あるときは自信満々に男の尻を叩き、あるときは男の都合で翻弄されるかよわい女として描かれる薬子のキャラクターに違和感を覚える。結局謀反が失敗し、みずから調合した毒薬をあおって死んでしまうのだが、本当の話はそれから始まる。この辺からぐんぐん面白くなっていった。

つまり、薬子も自分の力を使って上皇を操っていたように見えて、その実薬子本人も操られていたのではないか、というのが大きな疑問となって空海を動かしていくのだ。

最終的なオチは言わないにしても、最後まで読ませる力はある展開だと思った。しばらくして冷静になると、そうまでして事件を起こすにたる説得力ある動機は見当たらないのだけど。というか、目的よりも手段の方がはるかに高度に入り組んでいて達成感があるために、目的のしょぼさ、というか事件そのものの無目的性が気になってしまうのだ。

空海の人間的魅力、というのはもう少し描き込まれてもよかったかも知れない。名探偵としては予測不能な豪快さ、よりは綿密な調査力や、ロジカルな思考に重点が置かれていて、読者を裏切るほどの超絶的な直感力は披露してくれない。

でもこのシリーズ、一休さんが主人公の「金閣寺に密室」「謎解き道中・とんち探偵一休さん」を含めて、総じて出来はいいと思う。逆に「タイムスリップ」シリーズは最初の「森鴎外」以外はゆるゆる過ぎて読みごたえがないと感じたので、今回「やっぱり実力はある人なのだ」と思い知らされた。