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浦賀和宏の「火事と密室と、雨男のものがたり」を読んだ。以前に読了していた「松浦純菜の静かな世界」の続編である。浦賀和宏も現代のミステリーにおける鬼っ子的存在だと思う。山口雅也が作品ごとにより過激に物語の構造そのものを解体しながら「これでもミステリーと言えるか?」という境界的な問い掛けをしてくるのに対し、「安藤直樹」シリーズなどでのストーリーを通じてのものがたりの壊し方はちょっと異質である。「ミステリーを読んでいると思っていたらホラーを読まされていた」というだまし討ちにも似ただまし絵のような世界にいつの間にか置き去りにされた感覚というか。かと思えば「眠りの牢獄」のような、反則ぎりぎりの叙述トリックを仕掛けてくる。だが浦賀は決して物語を語る事をやめはしないのである。

この、「松浦純菜」シリーズにおいても、物語としては「謎解きの構図」はきっちり守られている。解くべき謎が提示され、主人公である松浦純菜と八木剛士の視点から体験された「捜査」の様子が語られていく。何が普通と異なるか、といえば、それは彼らがともに特殊な「力」の持ち主であり、それが彼らの操作の役には必ずしも立たない、という点である。加えて、主な語り手である八木剛士は徹底的に卑屈で世界に対して復讐を企てる「いじめられっ子」という弱者である点。しかも、この「いじめられっ子の名探偵」は事件を解決するための熱意とはほど遠いところにいる。ようするに、松浦純菜に嫌われたくない、というだけの理由で、八木剛士は事件を解決してゆくのである。

新作の「火事と密室と、雨男のものがたり」で面白かったのは、作中に登場する「雨男」南部と出会う事で起きる、次元の低い八木剛士の内的葛藤である。ひきこもりでイジメ、親の干渉など鬱屈した過去を持つ南部は、いつの間にか例外的に外に出る事で雨を呼び起こす、という「力」に気づく。これが連続放火事件の鍵となると同時に、ある自殺偽装?事件の重要な証拠となってゆく。南部の過去に自分と共通したものを感じる八木が、同時に純菜と南部の接近を恐れる、その自分の心理を自覚し、また純菜の危険を回避するために乗り越えてゆく、という縦軸が事件の解決をもたらすのである。心理的に屈折しているだけでなく、くりかえし醜男であると描かれるこの八木に、読者は心理的抵抗を感じながら徐々に応援せざるを得ない立場に置かれてしまう。事件の解決やトリックよりもこちらの方が達成が難しいかも知れない。

このシリーズ、このまま他の「力」を持つ仲間を増やしていくのか、あるいは今回の話が例外なのかはわからないが、先が楽しみではある。