その日から、美桜は引っかかるようになった。


「郷」

駅名、資料、ニュースのテロップ。


普通に見えていたはずの字が、

一度“あれ”を聞いてしまったせいで、

もう戻らない。



(……エリマキ、開いてる)


最初は我慢していた。


でも、だんだん――

可愛く見えてくる。


(なんか、ちょっと得意げな顔してない?)


(郷って、こんなに生き物っぽかったっけ)


昼休み。


広報紙面のレイアウトを考えながら、



美桜は無意識にメモの端にペンを走らせる。


縦棒。

横線。

大きめの”阝“をヒラヒラさせる

……エリマキ、完成。


「……」


美桜は一度ペンを置いて、

少しだけ離れて見る。



(かわいい)



調子に乗って、


もう一体。



今度は、ちょっと首を傾げさせる。



その時。


「……月岡ちゃん?」

同僚の声。


美桜ははっとして顔を上げる。

「はい?」


同僚は机のメモを覗き込んで、


無言で数秒。



「……ウーパールーパー?」


一拍。



美桜は一瞬言い訳を探してから、

諦めて笑う。


「……エリマキ…トカゲ…かな。」




「うーん?微妙だね。」

即答。



その日の夜。


ソファに並んで座りながら、

美桜はスマホを差し出す。


「見て」


春樹が覗き込んで、

一瞬で察する。


「……描いたな?」

「うん」

「しかも、
 可愛くしてる」


美桜は得意げに、

「もうさ、
 郷って字、
 可愛い生き物にしか見えないんだけど」


春樹はしばらく黙ってから、


「……感染したな」

「完全に」


二人で顔を見合わせて、笑う。


春樹は少しだけ真面目な顔で、


「だからさ、
 あれは、
 みおうまでにしとこ」

「うん」

美桜は素直に頷く。


「一回聞いたら終りだからね」

「確かに」

二人はまた笑った。


郷の字は、

今日もどこかで、

ひっそりエリマキを広げている。


−−−−−−−−

本編はこちら→