こんにちは。
今日は「迷いながら進むことの価値」といった話です。
(要約)
●試し続け、考え続ける人だけが事業を育てられる理由
事業の立ち上げを考える多くの人は、「失敗したらどうしよう」「正解が分かってから動きたい」と不安を抱え、準備ばかりに時間をかけてしまいがちです。
しかし、実際に成果を出してきた人の多くは、最初から正しい答えを持っていたわけではありません。山中伸弥氏の歩みが示すように、重要なのは、試し、失敗し、修正しながら前に進む姿勢です。行動しなければ、課題も改善点も見えてきません。小さく試し、結果を見て調整することを繰り返すことで、事業は少しずつ形になっていきます。
また、人は一度決めた考えや方針に執着しやすく、自分に都合のよい情報だけを集めてしまう傾向があります。これが確証バイアスです。この状態に陥ると、市場の変化や顧客の本音を見落とし、誤った判断を続けてしまいます。事業を育てるためには、自分の仮説を疑い、事実に基づいて見直す姿勢が欠かせません。仮説はあくまで仮の答えであり、検証し、違えば捨てる前提で持つものです。
さらに、思考の幅を広げるためには、読書や異分野の学びも重要です。異なる価値観や事例に触れることで、固定観念が崩れ、新しい発想が生まれます。読書は低リスクで思考を鍛える手段であり、将来の判断力を支える土台になります。
事業の立ち上げにおいて最も危険なのは、失敗を恐れて動かないことと、自分の考えに固執して考えることをやめてしまうことです。環境は常に変化し、計画通りに進むことはほとんどありません。だからこそ、柔軟に方向を修正しながら、試し続け、考え続ける姿勢が求められます。特別な才能よりも、行動力と修正力を持つ人こそが、長く事業を育てていけるのです。
~ここからが本文です~
あらゆる細胞に変化できるiPS細胞が、ついに世界で初めて実用化されます。2月19日、厚生労働省の専門部会は、iPS細胞由来の2つの製品について、製造・販売を条件期限付きで了承しました。京都大の山中伸弥教授らがiPS細胞の作製を発表してから、今年でちょうど20年、ようやく新たな一歩を踏み出します。
(この記事から抜粋しました)
●“前人未到の地へ”本を携えて進んだ2人
決して諦めることなく、まだ誰も成し遂げていない偉業に挑んだ、偉人たち。その生き様には思わず勇気づけられるが、当の本人たちは不安でいっぱいだったことも、また事実である。
日本人で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹は、理論物理学という難解な分野に挑んだが、大学卒業時には、こんな不安に駆られたという。
「昭和4年3月、京都大学を卒業するちょっと前に、私の心はちょっと動揺した。これからさき理論物理学をやっても、物にならないのではないか──そんな悲観的な気持になった。いっそ坊さんになろうと思った」
湯川の偉業を思えば、このときに僧侶にならずに本当によかったが、湯川がノーベル物理学賞を受賞してから60年以上の月日が流れた2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥もまた、道なき道をゆく苦しみを味わっていた。
アメリカから帰国後は、取り組んでいたES細胞の研究が医学にどれだけ貢献できるのかと不安になり、うつ病に苦しんだ時期もあった。この時点でヒトのES細胞の培養には誰も成功していなかったことを思うと、まさに暗中模索。先が見えずにこんな思いに駆られたという。
「もう研究をやめて、手術が下手でも整形外科医に戻ったほうがましなんじゃないか」
山中はもともと整形外科医をめざしていたが、どうにも手先が不器用だった。手術が上手な人ならば20分で終わる手術を、山中は1時間もかかってしまい、指導医だけではなく、看護師、さらには、患者さんからも呆れられてしまう始末。研修期間中に、山中が指導医から名前で呼ばれることはなく、こんな言葉を浴びせられた。
「お前はほんまに邪魔や。ジャマナカや」
山中は28歳にして基礎医学へと進路を変更することとなった。実は湯川もまた同じような経験をしており、のちにこんなふうに振り返っている。
「小さいころから、私は器用な方ではなかった。図画や、体操や、手工は、どちらかといえば不得手だった。手先が器用だったら、三高や京大の在学中に、物理の実験をもっとうまく行ったろう。実験が器用に出来れば、私は理論物理学に進まずに、実験物理学に進んだかもしれない」
周囲よりも不器用だったがゆえに、未開拓のジャンルへと突き進むことになった2人。
孤独な時期を読書で乗り越えた点でも、共通しているが、そのジャンルはずいぶんと異なる。
湯川は中国の古典『荘子』からアイデアを得たが、山中がヒントを得たのは、意外にも自己啓発書だった。経営ビジネスコンサルタントのデイル・ドーテンが著した『仕事は楽しいかね?』である。
●『仕事は楽しいかね?』(デイル・ドーテン著)
「『仕事は楽しいかね?』(デイル・ドーテン著)という本からすごく影響を受けましたね。人生がうまくいかない普通のビジネスマンが、起業家として成功して大金持ちになった老人から、仕事を楽しむ方法や人生の成功法則を学んでいく話です」
山中がインタビューでそんなふうに紹介する『仕事は楽しいかね?』では、35歳の「私」が大雪で閉鎖された空港で、1人の老人と出会う。
主人公は勤続35年のサラリーマンで「大胆かつ勇猛になって、夢に向かって生きなければ」と思いながらも、一歩を踏み出すことができない。
自己啓発書を買って、目標を決めて、起業のために資金を貯めようともしているが、行動に移せないのは自身の置かれた状況にあるとして、老人にこう打ち明けている。
「けれど、一か八かの賭けなんて冗談じゃないと思っている妻と、2人の子ども、住宅ローン、そのほかもろもろの義務を背負った者では、思いどおりにいくものではありません。つまるところ私は、退屈で、正当に評価されない、創造性に欠ける人生を歩んでいるんです」
主人公と同じような境遇のビジネスパーソンは少なくないだろう。彼が老人との対話を通じて、どのように成長していくのか。
ベストセラーだけあって確かにその後の展開が気になるが、研究者である山中は、本書からどんなメッセージを受け取ったのだろうか。インタビューで、次のように語っている。
「大事なことは『試す』ということで、世の中の成功者は誰よりも『試す』を繰り返してきた。どんどん新しいことに挑戦しなさい。だいたいうまくはいかない。でもともかく挑戦しないと何も始まらない。
10回やって9回が失敗でも、残りの1回で成功するかもしれない。コツコツ努力を続ければ、10回に9回の失敗が、8回に減るかもしれない。失敗しても努力を続けることが大切だ、結果を楽しめ、と」
●山中の心に響いたメッセージ
『仕事は楽しいかね?』は14章構成になっており、老人が若者に語りかける内容が章タイトルとなっている。
「第5章 違うものがよりよいとは限らない。だが、よりよいものは必ず違っている」
「第7章 目標に関するきみの問題は、世の中は、きみの目標が達成されるまでじーっと待っていたりしないということだよ」
「第9章 あの実験で学ぶべきことはね、あらゆるものを変えて、さらにもう一度変えることなんだよ」
章タイトルだけでも示唆に富んでいるが、目を引くのが第3章だ。たった1ページしかないため、かえって目立ち、思わず手を止めてしまう。
5行程度で老人が主人公に紙を渡して立ち去る様子が描かれ、その後に、大きな文字でただこう書かれている。
「試してみることに失敗はない」
これこそが山中の心に響いたメッセージだった。
前述したように一時期は「もう研究をやめて、手術が下手でも整形外科医に戻ったほうがましなんじゃないか」と思い詰め、家族からも「研究から遠ざかったほうがよいのではないか」と心配されたが、諦めずにいると、2つの幸運が舞い込んできた。
一つは、アメリカでウィスコンシン大学のジェイムズ・トムソン教授がヒトES細胞の作製に成功したというもの。
ES細胞の研究に注目さえしてもらえれば、山中の重ねた実験も大きな意味を持つことになる。翌年の1999年には、奈良先端大に助教授として採用が決定。山中は37歳で初めて自分の研究室を持つことができた。
自分の方向性は間違ってはいなかった。このまま突き進むのみだ──。
そんな確信が得られたのだろう。それから山中は「ヒトの胚を使わずに、体細胞からES細胞と同じような細胞を作る」という目標に向けて、ひたすら研究を重ねていくことになった。
●いろいろとやっていれば道は拓ける
『仕事は楽しいかね?』では「試すことに価値がある」というメッセージに説得力を持たせるために、偉人の逸話が数多く紹介されている。
いろんなことを試すには、まず思い込みを捨てる必要がある。言い換えれば、自分には「この道しかない」というこだわりだ。
老人は「もし、彼らが昔の夢に執着し、責任を引き受け、断念することを拒んでいたら……」として、次のように述べている。
バスケットボール界の名コーチであるジョン・ウッデンは、土木技師になっていただろう。
『アプレンティス』『サバイバー』などの番組を手がけたTVプロデューサーのマーク・バーネットは、イギリス陸軍特殊空挺部隊(SAS)での経験にこだわり、中央アメリカで軍事顧問になっていただろう。
偉大な振付師のジョージ・バランシンは、きっと作曲家になっていただろう。
作家で詩人のマヤ・アンジェロウは、元々は専業主婦志望だった。
最高裁判事のソニア・ソトマイヨールは、探偵になるのが若い頃の夢だった。
さらに、長男として家業の作り酒屋を継ぐものと思われていた盛田昭夫がソニーを創業し、また、フィギュアスケート選手としてオリンピックに出ることを夢見ていたヴェラ・ウォンが世界的なデザイナーになったことなども例に挙げている。
これらの逸話は、手先の不器用さから整形外科をやめて基礎研究の道に進んだ山中を、大いに励ましたことだろう。
『仕事は楽しいかね?』では、画期的なイノベーションがいかに生まれたかについても解説している。
ある薬を作ろうと一生懸命混ぜていたらシロップができ、炭酸と混ぜて飲んだらおいしかったため「コカ・コーラ」として売り出されることになったこと。
また、丈夫なテントを販売するなかで探鉱者のためにそのテント生地から耐久性のあるズボンを作ることを思いついて、若者に熱烈に支持される「リーバイスのジーンズ」が誕生したこと。
●iPS細胞もたぶんうまくいかないだろうけど…
これらの逸話から、山中は今ぶつかっている壁を突破するためのヒントが見つかったようだ。こんなふうに説明している。
「iPS細胞もたぶんうまくいかないだろうけど、できることはいろいろやってみようという感じでやっていたら本当にできた。そこにはじつはあの本の影響があるんです」
山中のiPS細胞の発見は、まさに「試してみることに失敗はない」という1冊の本からの学びが結実した成果だった。
思えば、読書は、私たちが様々なことを「試す」ための格好の練習場である。異なるジャンルの本を読むことで、多角的な視点を養い、固定観念を打ち破ることができる。
一冊一冊が新たな実験で、そこから得られる気づきや発想が、いつか人生の転機となる可能性を秘めている。
偉人たちの愛読書から学ぶべきは、読書こそが最も身近で確実な「挑戦」の手段だということなのだ(ここまで)。
山中氏の歩みを振り返ると、最大の強みは「正解に執着しなかったこと」にあります。うまくいかなければ方向を変え、別の可能性を試し続けました。その柔軟さこそが、iPS細胞という成果につながったわけです。
しかし、多くの人はそう簡単には動けません。一度選んだ進路、一度立てた仮説、一度公言した意見を変えることに、強い抵抗を感じてしまいます。人は自分の言動に一貫性を保ちたい生き物だからです。これが「一貫性の原理」です。
この心理は、研究社や起業、コンサルの世界で使われる「仮説思考」とも深く関係しています。仮説を立てること自体は効率的ですが、そこに執着すると、都合のよい情報だけを集めてしまう「確証バイアス」に陥ります。すると、本来は修正すべき仮説を守ることが目的になってしまうのです。
山中氏のように「試して、捨てて、また試す」、その姿勢のベースにあるものは仮説思考。ここからはこの仮説思考を深堀してみます。
●コンサルの裏事情を明かします!
思考法の多くは、「経営コンサルタントの思考術」としてよく取り上げられてきたものです。コンサルという仕事の中で培われたものであり、業界の事情が色濃く反映されています。それを知っておくと後々役に立つと思い、少しお話しさせてください。
典型的なものに、ロジカルシンキングがあります。その有用性は、今さらここで説明するまでもありません。
ところが、論理的に正しいだけでは経営は立ちいきません。論理をおさえながらも、それを超えたところが本当の勝負所です。直観、経験則、信念といったものが大切になってきます。
残念ながら、そこはコンサルには手が出せません。会社の事情はクライアントのほうがはるかに詳しく、部外者のコンサルには会社に対する思い入れもありません。しかも、多くのコンサルは企業経営の経験がなく、ビジネスの実務経験がない人すらいます。
なので、クライアントもそこは期待していません。ビジネスを客観的に見るためにコンサルを雇います。ロジックを研ぎ澄ませてくれないと、高い金を払う意味がないのです。
しかも、次から次へと新しい案件がコンサルに舞い込みます。やり直しや手戻りがあると、次の仕事に差し支えます。プレゼン一発で顧客を納得させる必要があります。そこで、「ロジックツリー」だの「ミッシー」だのが欠かせなくなるわけです。
相手の事情も知らない第三者が、短時間で客観性の高い提案をつくりだすにはどうすればよいか。これが現代コンサル業界の課題です。そこで、もう一つ培ってきたのが「仮説思考」です。
●無差別爆撃か、ピンポイント爆撃か?
コンサル案件は皆さんが想像するよりはるかに短納期です。しかも要求水準は高く、「いくらなんでもむちゃだろう」といった話ばかり舞い込みます(なので一二を争う残業が多い業界です)。
それを、一からしらみつぶしに調べて答えを出していたのでは、到底間に合いません。「○○が問題である(問題発見仮説)」「○○すればよくなる(問題解決仮説)」といった、ザックリとした仮説を立て、それを検証していけば時間も手間も大幅に節約できます。
これが仮説思考です。戦争の話で言えば、無差別爆撃かピンポイント爆撃かの違いです。
もちろん、前者をやるほうが、間違いがありません。後者だと、その仮説は検証できたとしても、他に成り立つ仮説があるかもしれないからです。場合によっては、もっと重大な話を見落とすこともありえます。
ところが、それはクライアントにとっては問題であっても、コンサルに取っては問題になりません。極端な話、病気が治らなくても、とりあえず症状が治まれば済むからです。
病気がぶり返してまた依頼が来れば、新たな処方箋を書けばよいだけの話。そうやって、長くお付き合いすれするほど、うまみが出てくる仕掛けになっています。
ある中小企業の経営者がコンサルを揶揄(やゆ)して、「肝心な時に来ん(コン)、都合が悪くなったら去る(サル)、その癖、たんと(タント)報酬を取る」と言っていました。まさに言い得て妙ですね。
●優れた仮説を生み出すには?
同業者の内情はこれくらいにして、仮説思考のポイントを紹介していきましょう。
仮説思考を使えば、必ず効率的に問題解決できるわけではありません。ピントはずれの仮説ばかり立てていると、いつまでたっても成り立つものが見つからず、「一から考えたほうが早かった」となるからです。
仮説思考のポイントは、限られた情報の中から、できるだけ「良い仮説」を立てることに尽きます。仮説検証のサイクルを回す回数は少ないにこしたことはありませんから。
そのためには、「ゼロベースで考える」「斬新な視点で考える」「見かけの情報にとらわれない」「検証可能な仮説を立てる」といったことが大切です。
要するに、「誰が見ても気づくような話は既に解決済みで、考えもしなかったところに本当の答えがある」という話です。正攻法では出てこない、ありきたりでない仮説を検証してこそ、仮説思考をやる意味があります。
ここにも、コンサルの事情がからんできます。クライアントが既に気づいていることを指摘してもお金にならず、「さすが先生!」「まさかそこだとは思いませんでした」「目からうろこです」と言わせないといけないからです。
良い仮説を生むための定式化した方法はありません。「目的から考える」「当たり前を疑う」「現場・現実・現物を見る」といったことを通じて、「センスを磨く」としか言いようがありません。分析力だけでは心もとなく、洞察力を研ぎ澄ます必要があります。
確証バイアスにまどわされないように
仮説思考のもう一つのポイントは、正しく検証することです。どうしても、仮説づくりにエネルギーをとられ、検証がおろそかになりがちになります。
分析思考(第6回)を駆使して、定量と定性の両方で仮説が成り立つかどうかを調べてみましょう。確証を得るには、事実に基づくエビデンスも必要です。
といっても、サイエンスの話をしているのではなく、100%完全に証明する必要はありません。ビジネスの場合、ざっくりと7~8割くらい検証できれば十分です。多少、反証や反例があっても、大勢には影響がないからです。
検証するときに一番気をつけないといけないのが「確証バイアス」です。自分に都合のよい情報や、仮説を支持する情報ばかりを集める傾向をそう呼びます。
たとえば、「顧客離れを起こしている」という仮説を立てたときに、顧客からの不満の声ばかり集めてしまうことがあります。そうではなく、顧客からの感謝の声や顧客でない人からの声など、幅広く情報を集めた上で、総合的に判断する必要があります。
仮説に思いを入れるのは大いに結構です。しかしながら、一旦仮説ができたら思いを手放さないと、思い込みになります。このスイッチの切り替えが仮説思考の難しいところです。
それでは、今日も笑顔あふれる素敵な一日をお過ごしください!
頑張り屋のみなさんを応援しています!

