漫画家・麻生豊氏はお隣の宇佐市(旧宇佐郡横山村)出身で(1898年~1961年)は日本を代表する漫画家の一人です。
報知新聞社に漫画記者として入社する。1922年(大正11年)から報知新聞夕刊で『ノンキナトウサン』を連載し、1926年(大正15年)で600回以上もの間、連載を続け単行本はベストセラーとなり、キャラクターが広告にも用いられ、人形や手拭いなどの関連商品も作られるほど、多くの人々の人気を集めました。
1927年(昭和2年)に報知を退社した後は1933年(昭和8年)に、朝日新聞の夕刊で『只野凡児・人生勉強』の連載を開始し、翌年の7月まで連載しました。
掲載している『只野凡児・人生勉強 大分県の巻』は耶馬渓の競秀峰、羅漢寺、擲筆峰が描かれています。
昭和8年~昭和9年の間に朝日新聞に掲載されていた
作品を古老が切り取ってくれていました。
古老は人気漫画家麻生豊氏が大分県の巻で耶馬渓を取り上げてくれた事を喜び残してくれたと思います。