童仙房(どうせんぼう)
木津川沿いの国道163号線から急峻な山道を登る。突然視界が開け水田と茶畑が広がる。
京都府南山城村、標高500mの高原に童仙房という地区がある。
「どうせんぼう」という地名に惹かれ、20年くらい前にこの辺りを単車で何度か訪れたことがあった。ここは、明治時代の開拓地としての入植の歴史があり、そのことが頭をよぎるからかもしれないが、水田や茶畑が広がる風景にも、古くからの集落とは少し違うからっとした空気感がある。
8月13日、14日と、さざなみの森で出会ったクラヴィコード奏者、内田輝さんと、蝋燭作家、河合悠さんが演奏会のため童仙房に滞在されているのを知っていたので、思い立ってお二人に会いに20年振りに童仙房に向かった。
会場となる旧野殿童仙房小学校は、2006年に廃校になったのだが思いのほか立派なRC造の校舎。様々なかたちで地域の方に活用されているとのことだが、時間は子どもたちがいたときから止まっている。校庭をぼんやり眺めていたその時、後ろから声をかけられた。悠さんだった。
悠さんに導かれ、裏山の荘厳な杉木立を分入っていくと、谷筋に沿って野点や音楽会ができるような簡素な設えがある。
小学校に戻り、プールの脇を抜けていくと倉庫を改装した空間がある。ここは、20年前この地に移住された陶芸家清水善行さんのギャラリー、ARABON。
オーナーの清水のばらさんに話をうかがう。清水さん夫妻とその仲間方々の手により改装されたギャラリーは、質素ながら置かれている調度品や仕上の細部に意識が行き届いていて美しい。南側に増設されたテラスへの出入口は木製建具とfix窓になっていて、その先にある枝垂れ桜を望むことができる。3間半×3間ほどの広さが実に心地よい。南北に2間幅の木製ガラス窓があり全開にすることができる。3年前に村から借りられたそうだが、もともと無意識に建てられたこの倉庫が持っていた魅力に気付かれたその感性に共感した。
目を閉じて風に身を委ねる。風が吹き抜けるギャラリー。ここは風の通り道。
体育館にある古いピアノ。内田さんがその鍵盤に触れると、その単音が空間を満たし、そして身体の内面に響いてくる。ふと我に帰ると、外の蝉の声が聞こえてくる。
クラヴィコードを間近に見せていただく。音の機構の理論が楽器そのまま形となり、その響きは外に向けてのものでなく内面、意識の深層に響かせるものだ。
不思議な場所。時間の流れ方が違う。
現在童仙房地域は80世帯、移住者も多いとのこと。今の時代における僻地の集落は、共同体として持続していけるかはその事情も様々だが、童仙房は漠然とではあるが、桃源郷のごとくいつまでも人が居続けるのではないかという気がした。
コンサートは所用により残念ながら失礼したのだが、漆黒の闇に蝋燭の灯りと音、そしてペルセウス座流星群。共震する時間と空間。想像するだけで心がざわめく。
再会、出会い、そして訪れる場所がまたひとつ増えたことの喜びを胸に、山を下った。
木津川沿いの国道163号線から急峻な山道を登る。突然視界が開け水田と茶畑が広がる。

京都府南山城村、標高500mの高原に童仙房という地区がある。
「どうせんぼう」という地名に惹かれ、20年くらい前にこの辺りを単車で何度か訪れたことがあった。ここは、明治時代の開拓地としての入植の歴史があり、そのことが頭をよぎるからかもしれないが、水田や茶畑が広がる風景にも、古くからの集落とは少し違うからっとした空気感がある。
8月13日、14日と、さざなみの森で出会ったクラヴィコード奏者、内田輝さんと、蝋燭作家、河合悠さんが演奏会のため童仙房に滞在されているのを知っていたので、思い立ってお二人に会いに20年振りに童仙房に向かった。
会場となる旧野殿童仙房小学校は、2006年に廃校になったのだが思いのほか立派なRC造の校舎。様々なかたちで地域の方に活用されているとのことだが、時間は子どもたちがいたときから止まっている。校庭をぼんやり眺めていたその時、後ろから声をかけられた。悠さんだった。

悠さんに導かれ、裏山の荘厳な杉木立を分入っていくと、谷筋に沿って野点や音楽会ができるような簡素な設えがある。


小学校に戻り、プールの脇を抜けていくと倉庫を改装した空間がある。ここは、20年前この地に移住された陶芸家清水善行さんのギャラリー、ARABON。








オーナーの清水のばらさんに話をうかがう。清水さん夫妻とその仲間方々の手により改装されたギャラリーは、質素ながら置かれている調度品や仕上の細部に意識が行き届いていて美しい。南側に増設されたテラスへの出入口は木製建具とfix窓になっていて、その先にある枝垂れ桜を望むことができる。3間半×3間ほどの広さが実に心地よい。南北に2間幅の木製ガラス窓があり全開にすることができる。3年前に村から借りられたそうだが、もともと無意識に建てられたこの倉庫が持っていた魅力に気付かれたその感性に共感した。
目を閉じて風に身を委ねる。風が吹き抜けるギャラリー。ここは風の通り道。
体育館にある古いピアノ。内田さんがその鍵盤に触れると、その単音が空間を満たし、そして身体の内面に響いてくる。ふと我に帰ると、外の蝉の声が聞こえてくる。

クラヴィコードを間近に見せていただく。音の機構の理論が楽器そのまま形となり、その響きは外に向けてのものでなく内面、意識の深層に響かせるものだ。
不思議な場所。時間の流れ方が違う。


現在童仙房地域は80世帯、移住者も多いとのこと。今の時代における僻地の集落は、共同体として持続していけるかはその事情も様々だが、童仙房は漠然とではあるが、桃源郷のごとくいつまでも人が居続けるのではないかという気がした。
コンサートは所用により残念ながら失礼したのだが、漆黒の闇に蝋燭の灯りと音、そしてペルセウス座流星群。共震する時間と空間。想像するだけで心がざわめく。
再会、出会い、そして訪れる場所がまたひとつ増えたことの喜びを胸に、山を下った。
