工藤公康さんの人生のターニングポイントは4回あり、そのうちの1つとして、
工藤さんご自身は家庭の事情で中卒後は丁稚奉公で働けと言われた中で(いつの時代の人だ!とも思いがちだけど、マジのようです。どうも丁稚奉公=ジャガイモの皮を剥いてるイメージだそうでと言う事は飲食店で、でしょうか?汗&苦笑い&笑)、
名古屋電気高校に進学したと言うか進学出来た時の話を読んで、
昨日はボクも泣きそうに成りました。
工藤さんが中学3年の4月に用務員さんと出会い運命が変わったとの事で、
その用務員さんから、良い球投げるね~高校は決まってるのか?と訊かれ、
中卒後働けと言われてると工藤少年が言い、
その用務員さんが、特待生制度があるぞ!と教えてくれて、
その事を父に言うと、お金がかからないんやったら高校に行ってもええと成り、
もしあの用務員さんがいなかったら、今の僕はなかったでしょう。と。
ホンマに・その通りですよね。のちに、スーパースターに成るだなんてスゴイ事ですよね。
ボクの人生に於いての宗教のターニングポイントと言えば、ですが(なんで宗教のターニングポイントの話に成るのだ!笑)、
両親は宗教キライでしたが(田舎から大阪に出て来てメチャクチャ創価学会に誘われて断り捲くり人生に:笑)、
ボクは宗教キライでもなくて好きでもなくて興味はまあまぁあり、
26歳の時に或る巨大宗教機関で給食を作る事に成り、
一時期ですが入信した事がきっかけに成りまして、宗教を学ぶ事にして、
翌年は、空海を識る実践講座で空海の教え・真言宗を知り、
その次の年は、日本メノナイトブレザレン教団○○教会の或る牧師から聖書講座を受けて修了し、牧師養成である○○聖書学校入学寸前まで行きましたが、
やはり、極悪犯人達がプロテスタント教会を信じるように成り、心から改心・改宗し真人間に成ってついに牧師に成って行ったと言う話に、極悪人と一緒にされるのはイヤだ!と、どうしても違和感があり、いつからか教会にも行かなく成りました。
いずれの講座も期間は半年でしたね。
あと在家僧侶知客職の通信教育講座を受けて般若心経を一応知り(在家僧侶知客職には成りましたが、恥ずかしくて決して人には言えない感じが・・・笑)、
親鸞・浄土真宗・本願寺立の中央仏教学院通信教育部入門過程を卒業しました(これは堂々と言える:笑)。
もっと言うと、18歳の時に大阪のド真ん中を歩いて大企業本社に(本社内レストラン皿洗いアルバイトしてたもので)向かう途中で、2、3回、オウム真理教から勧誘され、ボクは悩みが多い青年と思われて(笑い・マジで)、充実してますと言ってやんわりとお断りした。
20歳代の半ばだったと思うんですが、聖教新聞を取らされた(社員食堂に食べに来るお客さんからひつこくススメられたので2年間くらい取った)。
40歳代の時には、巨大病院にC型肝炎インターフェロンで通ってた時にも、乳がんとリウマチとC型肝炎を克服したと仰る年配の女性から○○の○を信じるとC型肝炎が治ります。大阪城ホールで教祖のご講演がありますのでと言う事で冊子と入場券をボクに手渡そうとし、皆様にも勧めてくださいますか?と成りましたので、ボクからは勧められないですね。信じる事によって、大変な病から生還された厚い思いは素晴らしいですが、気持ちは人それぞれですし、と言ってやんわりとお断りすると、難しい病気の方が100パーセント治ります。皆さんも100パーセント治るのに・・・と仰られた。ひょっとしたら勧誘手口の1つに含まれてるのでは?と言う印象を持ちましたね。