厚労省の元局長の裁判報道を読み、検察の取り調べ手法は相変わらず、卑劣極まりないと改めて思った。読売テレビの記者が「狙いは、石井議員だった」と辛坊治郎さんの番組で解説をされていたが、石井議員を起訴出来ないので、厚労省の元局長を狙った。彼女を逮捕・起訴するために、他の人を騙して、元局長に不利な供述調書にサインをさせたのだ。



 検察官の日常業務は警察に比べて地味だ。それだけに、「これは目立つ!」という事件に巡り会うと、なんとしてもものにしたくなる。サラリーマンの心情と合い通じるものがある。検察庁法では、検察官は独立して判断することになっているが、実際は組織で判断しているから、途中で、「これを立件するのはむずかしい」と思っても、個人の正義感で止めることはできない。鹿児島の志布志事件もそうだったし、私を起訴に追い込もうとして失敗した奈良少年事件捜査記録「漏えい」事件もそうだ。前者では、警察の犯罪のねつ造に地検が加担し、後者では、少年の更生を望んでいた医師を無理やり起訴した。



 以前、「新聞トップになった事件に関わった検察は昇進する」と聞いたことがある。そう言えば「僕パパ」の漏示事件の時の奈良地検の酒井検事正も小野寺検事も大阪特捜部のエースと言われていた蜂須賀検事も皆、昇進していると聞く。新聞の一面を飾ったからだろうか。とんでもない日本の検察の仕組みだ。

 

 私が強制捜査を受けてから今日でちょうど三年が経った。あれは本当に悪夢のような一日だった。私の場合は起訴されなかったが、この捜査もお粗末なものだった。内偵ということを一切していなかった。

「いったい誰を幸せにする捜査なのですか」(光文社)の中でも書いたが、今回の事件と全く同じことが、既に三年前にも行なわれていたのだ。

 

 まず、検察の描いたストーリーがあり、それを新聞とテレビに漏示し(リークし)、報道させ、「犯人役の人間」を追い詰めていく。

 私の場合は、「金銭の授受と情(不倫)があった」というストーリーを組み立てられ、そこから捜査は進められていった。出任せのブラックメールをそのまま信じ、「不倫」ありきで、ストーリーを構築していたのだ。



 当時、私は記者会見で通信社の記者に、「情と金銭の授受はなかったと言えますか」と聞かれた。もちろん、全くないと、堂々と答えた。

 私を担当した蜂須賀検事は、何も出てこないので、最後は涙ぐんでしまうし、本当に奇妙なストーリーを考えたものだと思う。思い出すと今でも身震いをするが、少しでも私の方に何か疾(やま)しいことがあれば、そこを切り口にして一気に畳み掛け、逮捕、有罪に持ち込もうとしていたのだろう。



 検察のターゲットは私だったのだ。



  教唆(きょうさ)で私を逮捕・起訴を出来るかもしれないと思ったのだろう。取材時のテープを切り貼りして、私がいかにも鑑定医を騙したかのように早いうちにストーリーを作りあげた。その作り上げたテープの内容を聞かせ、「全て草薙に騙された。あなたは、悪くない」と鑑定医に対し、調書にサインをさせた。しかし、50日間の捜査をしても、私を逮捕・起訴する内容が出てこない。しかも、報道が加熱すればするほど、振り上げた拳を落せなくなる。 そこで、苦渋の選択で、鑑定医を逮捕・起訴という方法をとった訳だ。

 今回の事件と手法が似すぎてはいないか? 厚労省の元局長を逮捕・起訴するために、他の人を騙して元局長に不利な供述調書にサインをさせたことは、白日の下に曝されている。

 控訴などもってのほか。直ちに取り調べ検事、起訴の決済に関わったすべての検事は元局長に直接謝罪すべきだ。そうしなければ、検察の更生はない。