2006年1月29日 海の山登り
ここのところ坊主の釣行がつづいている。僕は、腕には自信がない。それは正直認めなければならない。釣暦十年にもなるが、まだまだこの世界の新参者で、悲しいことに40センチオーバーのグレに一度たりとも相手をしてもらったことがないのである。だいいち、場数が足りない。これは致命的な事実だ。この10年を反省すると僕のしてきたことは釣りではなく行楽であった。僕の場合、いきなり「磯」というわけではなかった。最初は休みの日ごとに大阪南港や和歌山北港などの波止へ通う日々がつづいた。釣れても釣れなくても、それで十分楽しかったのである。「磯」が偉いというのではない。僕自身、波止でハマチをあげたことがあるし、トビウオやキス、ハタ、チヌ、太刀魚、イカ、蛸、マダイと釣れる魚の種類も豊富でそのかぎりで言うなら「磯」とすこぶる変わりがあるわけでもない。かなり確立は低いが、波止からもグレは狙えるし、防波堤やテトラで40センチオーバーを釣った者も現にいる。波止には波止のロマンだってある。・・・・それは夕日の落ちたころ、防波堤の先端から水面ぎりぎりに体長1メートルは優にあるだろう番(つがい)のスズキが回遊する光景・・・・その光景は、いまも僕の眼にしっかり焼きついている。「磯」にこだわりはじめたのは、いつしか対象魚になってしまったグレという魚の習性と、「待ち」ではなく攻撃的な釣り・・・・「フカセ」という釣り方にある。これは基本的に通常のウキ釣りとなんら変わりがないようで似て非なるところがある。たとえば「スルスル」・・・・ウキ止めなしの完全フリーの遊動の仕掛け。たとえば「ゼロ沈め釣り」・・・・刺餌とおなじ速さでウキ自体を沈めてゆく釣り方。たとえば「本流釣り」・・・・ときには100メートル~150メートルほどウキを潮にのせる。糸を出した以上、スプールに巻いた残りの道糸はほとんどなく、もはやウキ自体も視界からとおく消えて見えない。つまり「フカセ」という釣り方においては、ウキを単に「アタリ」の道具として使うのではなく、餌のついた針をグレのいる場所へ運ぶ仕掛けの一部として利用しているのである。それはなぜか? と問えば、すべてはグレという魚の習性・・・・「潮に棲むサカナ」という一点につきる。ターゲットのグレが「潮に棲む」以上、潮をとらえることが釣り人の最優先課題となってくるのは当然だ。だから僕も潮のうごかない日はきらいだし、潮通しのよくない場所も同様にきらいだ。しかし坊主挽回の願いをこめて行ったこの日の釣行も、運がわるかったのか潮の流れがあまりかんばしくない。はるばる大阪からクルマで4時間も走ってやってきた磯である。そう簡単にはあきらめられない。だがしかし、上りの潮が「あきらめろ」と言わんばかりにウキを磯際に寄せもどす。いっそ際で釣ってもよいのだが、そこではたちまちエサ取りの餌食・・・・ここは串本大島「ビシャゴ」の磯である。つい昨日までは大ブレークしていて釣り友達のMちゃんも久々にかなりおいしい思いをしている。30センチ~40センチ級が2桁釣れたというのである。「今日は水温が急に下がってしもうたでな」僕の左で釣りをしている知らないオジサンが後でそう言った。それでも彼は30センチ級を1匹、いやもう2匹あげた。その場所はかろうじてなんとか内向きを狙える場所である。右側の人は、すっかりあきらめモードになっていて磯の上をただ歩きまわっている。そういえば島に着いたとき、僕はタヌキと遭遇してしまった。わるい予感がしたが、やはり今回も駄目なのかな・・・・しかし見事なまでにウキが反応しない。遠投も試みるが、前述のとおりウキを磯際に寄せもどす。タナも根がかりするくらいまで落としてみたが、グレからしてみればまるでアウト・オブ・眼中。ちいさなアタリはあるものの、エサ取りの鰯がチョンチョンと食い逃げをする程度。まさに万事休すだった。さすがの僕もコンビニで買った弁当をがっついてたべたあと眠気を催してウトウトとし、気がつくと1時間とすこし眠っていた。間もなく渡船屋が右側の人を迎えにきた。磯がわりかな? 聞きもしなかったが、早々と退散なのかもしれない。「何時までやるかね?」渡船屋がマイクで聞いた。僕は親指をまげて右手をあげた。しばらく居なくなった「右側の人」の場所で釣りをすることにした。でもやはり駄目である。そこでふと後ろを見ると、背後の岩壁のむこうに白いサラシがのぞいていた。あれ? いい感じじゃないの、なんで今までそこに気付かなかったのかな・・・・さっそく裏磯へ移動。内向きにむこうの磯にめがけてに2、3投目のあと、ウキがしもったので誘いをかけるとグッとなにかが乗った。竿をおこしリールを巻くと、以外にも素直な感じだった。「ありゃあ・・・・」思わず渋い顔でそうつぶやいた。40センチオーバーのタカノハ。縁起など信じないが、こいつが釣れたら坊主まちがいなしという人もいる。信じないが、そのあと、キューン、グッ、ドドドドド・・・・来た! 今度こそ間違いなくグレだった。でも32センチ。さきほどのタカノハにくらべたらいくぶん小さく、なんとなく40センチにこだわる今日この頃なので針を外したあと、そっと岩の上に置いた。まだ釣れる感じがしたし、あとでスカリに入れようと思った。それよりも、「キューン、グッ、ドドドドド・・・・」この感触をもっともっと味わいたかったのだ!潮が内向きに動いている。沖向きだろうが内湾向きだろうが、動かないよりはうごいたほうが良いにきまっている。「あっ、今釣ったグレが暴れて岩の上をころがり落ちてゆく」でもそんなのお構いなしだ。そして僕はある決心した、潮だ! 潮だ! 潮だー!この日、潮岬望楼では夜空にむけていっせいに花火が打ち上げられた。本州最南端の火祭りの真っ最中で大勢の観光客があつまっている。そのなかにひとり、トイレを借りるためだけに立ち寄った僕の姿もあったが、じつは今回の釣行はこころに秘めたある目的を果たすべく計画されていた。計画は「地磯めぐり」。お世話になった芝渡船さんを後にし、僕はさらなる計画実行のために串本町出雲周辺の地磯を隈なく探訪していた。妻子あるええ年のおじさんが岩によじのぼり、ジャンプし、飛び降りながら、夕刻の海辺をさ迷っていたのである。その苦行の数々をあえて書こうとはしない。しかし僕には岩山が、さながら地獄そのもののように思えて仕方なかった。家族を家にのこし僕はいったい何をやっているのだろう?とりあえず翌日は出雲の漁港寄りの磯で竿をだしたが、うごかない、潮がうごかない・・・・夕べはクルマで仮眠をとった。日曜日なので地磯といえど陣地の奪い合いとなることも予測し、深夜のうちに場所取りもすませた。計画は完璧の筈、だった・・・・朝食はスーパーオオクワで買ったパンと牛乳とチーズだったが、ゆで卵をひとつライフジャケットのポケットに入れたままだった。このゆで卵はきのう渡船に乗るまえにぶらりと入った喫茶「昌丸」のコーヒーセットに付いていたものだ。(ここは早朝から利用出来、隣りが餌屋になっている。サービスも良い。ちなみにコーヒー380円。モーニング付き480円)あまりにも過酷な釣行に疲れがでたのだろうか? ゆで卵をポケットに入れたまま、またウトウトとした。いけない。もう11時だ。そしてこれは後で気付いたことだが、ポケットのなかで、ゆで卵が割れていた。新品のライフジャケットのポケットの中身は、卵の白身と黄身でぐちゃぐちゃになっていた。とまれ、僕はついに立ち上がった。潮だ! 潮だ! 潮だー!わずか15分で荷物をかたづけ、12時には潮の岬灯台の駐車場にいた。料金所のおじさんに、「釣りですか?」と聞かれた。「ええ。まぁ・・・・」「灯台下は危ないです。はじめての人ならどうぞ神社の手前の左側をおりて下さい。みんなそこでやっていますよ」いちおうは言うとおりもした。ロケーションも最高である。でも納得は出来なかった。(ところがそこは、かなり人気の場所であるらしい)潮だ! 潮だ! 潮だー!この内なる声に誰が逆らうことができよう・・・・神社で参拝するときのように先ず手を清めた。展望台の景色は絶景だった。そしておそろしく早い潮のながれるまっ青な海が見渡せた。にもまして、その先端から100メートルはあるだろう(と書いて、これは心象イメージの高さで実際はせいぜい2,30メートルだと思う)真下は、釣り人にとってまさに聖地とでもいえる場所だった。そこへロープで降りて釣りをするほどの馬鹿は死んだほうがましだ。でもその馬鹿は、ここで死ねるならむしろ本望と思っていた。これは釣りではなく、むしろ山登り・・・・それもとりわけ危険なロッククライミング・・・・いやそれ以上に危険な行為と言えた。と、いうのは、この馬鹿はロッドケースにクーラーボックス、撒き餌をいれたバッカンを携えたまま垂直の崖を降りようとしているからだ。もちろん僕は「声」に従った。それは死をも克服するほどの眼にみえない力だった。そして一度降りてしまえば、そこはただの磯である。それは最高の女に出会ってから結ばれたあとまでに似ている。ああ、ほんのすぐそこに串本きっての超A級の磯が見えている・・・・「キューン、グッ、ドドドドド・・・・」僕はこれを2度体験した。一匹は28センチ。もう1匹は掌級だった。帰りの際、空のバッカンを崖から海へ落としてしまったが、僕は大台ケ原をこえて無事帰還し、次回の釣行を計画している。