空も飛べるはず。
9月19日(水) AM2:15
おばあちゃんが死んだ
9月16日
前日深夜。母親と電話をした。
祖母が危篤状態のため、
2日前から奈良に入っている。
もってあと1週間
あとは、生命力の続く限り
要するに死を待つだけという状況だと
いうことだけを現実感なく受け止めた。
会いに行こう、と思った。
近いうちに訪れるその日に備えて
今は静かに待とうなんてよぎった自分もいた。
ただ静かに死を待つだけの祖母の姿なんて
見たくないと考えている自分もいた。
でも、会いに行かなきゃと思った。
三連休初日の空港はとても混んでいた。
9時の便で空席待ちに乗れた。
伊丹空港まではあっという間だ。
奈良まではバスと電車で乗り継いで、
11時前には奈良の叔母の家に着いた。
窓から祖母の床の側で点滴を替える
母の姿が見えた。ひどく疲れた顔をしている。
いつも賑やかな叔母の家は、
いつもと違う静けさだった。
祖母は床の上で目を瞑っていた。
ほんの1ヶ月前には立って、飯食ってたとは
思えないほど、骨と皮だけになってた。
血管がやぶれ、所々赤く滲んだ痣もある。
モルヒネで痛み止めもしてる。
それでも苦痛で顔を歪めてる。
ふと目を開けた祖母がわたしを見つめる。
言葉はもう発せられないみたいだ。
でも、目を見つめ、静かにうなづいてくれた。
そして、手をぎゅっと握ってくれた。
大きくて、あったかい手のひら。
幼い頃、手を引いてくれた、祖母の手。
もうだめだ

