時代の正体(29)熱狂なきファシズム(上) | カナロコ http://www.kanaloco.jp/article/78063/cms_id/103021 より


日本の選挙の不条理を描いた日本の選挙の不条理を描いたドキュメンタリー映画「選挙」「選挙2」で知られ、米国ニューヨーク在住の映画作家想田和弘さん(44)は今の日本を眺め、言う。「民主主義をやめたがっているようだ」。自民党の憲法改正草案に全体主義志向を見て、特定秘密保護法案の強行採決や解釈改憲による集団的自衛権の行使容認が看過されたさまを「熱狂なきファシズムが進んでいる」と表現する。その真意は。

◆無関心と楽観主義

 「熱狂なきファシズム」の意味するところを同名の著書でこう説明する。

 〈安倍首相率いる自民党は、明らかに全体主義を志向する憲法改正草案を掲げ、それを一つの争点としながら、国政選挙で圧勝した。有権者は意識したかどうかは別として、結果的にはファシズムを目指す政党に国家権力を委ねた〉

 ただ、それを「ファシズム」と言い切るのはしっくりこないという。

 〈ファシズムという語にはある種の「熱狂」が伴うイメージがある。ヒトラーやムッソリーニや昭和天皇のように、カリスマとして祭り上げられた指導者と彼らを熱狂的に支持する国民がいる。しかし、安倍氏を熱狂的に支持する人はあまりいないし、投票率も戦後最低レベルだった〉

 考えをめぐらせていたころ、ある新聞社の記者から取材を受けた際にふと思いついたのが、「熱狂なき-」だった。

 〈現代的なファシズムは、目に見えにくいし、実感しにくい。人々の無関心と「否認」の中、低温やけどのようにじわじわと進行するものではないか〉

 自身はこの造語に日本が立たされた瀬戸際の状況と危うさに警鐘を鳴らす意図を込めたと語る。

 2013年の参院選でねじれ国会を解消し、衆参両院で実権を握ってからの安倍政権の歩みは「残念ながら、その心配が当たってしまっている」。

 特定秘密保護法案は十分なチェック体制の確立がされず、多くの問題を残したまま強行採決された。憲法で禁じられてきた集団的自衛権の行使は解釈改憲によって道が開かれた。

 「秘密保護法は民主主義を形骸化させかねない歴史の大転換とも言える法案だった。だが、安倍さんは自らの所信表明演説で何も触れなかった。日本の安全保障政策が根本から見直しを迫られる集団的自衛権も本来は憲法改正手続きが必要な問題。世論に問い、広く議論を巻き起こすべき問題なのに、自民党は極力議論を避けようとしている」

 だが報道機関による問題提起や追及の動きは弱く、有権者の反応も薄い。

 「無関心や『そこまでひどいことにはならない』という根拠のない信頼。そうして、低温やけどのようにいつのまにか傷を負っている。『少し熱いな』と放っておいて、気付いた時にはもう手遅れになっている。自民党はこの手法を明らかに意図的に、そして一貫して採っている」

◆表現の自由の危機

 自民党の改憲草案の中で特に全体主義の姿勢が示されているのが「表現の自由」を保障した憲法21条の改正案だと指摘する。

 現行の「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」に、改憲草案では「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」という条文が追加された。

 「もし自民の案が通れば『公益及び、公の秩序を害する』表現活動はできなくなる。時の政府が公益を害すると判断すれば、僕がいましゃべっていることを言うこともできなくなるし、神奈川新聞が政権に批判的なことを書くことも不可能になる」

 8月には自民党の高市早苗政調会長(現総務相)がヘイトスピーチ(差別扇動憎悪表現)の規制策を検討するプロジェクトチームの会合で、国会周辺のデモも同列に規制の対象とする案を提示し、市民団体などの猛反発を受けて撤回するという騒ぎがあった。

 「政権に都合の悪い国会デモをうるさいから規制対象にしようなんて、まさに全体主義の発想。でもやはりそれが本音なのだろう。本当に油断ならない」

 高市氏はその後、極右団体の男性代表と一緒に写真に写っていたことも明らかになった。麻生太郎副総理は7月の講演会で改憲に触れ、「ドイツのワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。あの手口を学んだらどうか」とナチス政権を引き合いに持論を展開。国内外の批判にさらされ、発言を撤回した。

 「欧米諸国には、日本がかつて天皇制ファシズムの下に侵略をした歴史を持つ国という認識が常にある」

 発足当初は経済政策優先とみられていた第2次安倍政権に対する見方は確実に変わってきているという。

 「安倍さんが『侵略の定義は定まっていない』と発言したり、英語で『War Shrine(戦争神社)』とも表記される靖国神社に安倍さんや閣僚が参拝したり、ナチスに関して肯定的な発言や行動をしたりする。それはドイツのメルケル首相がナチスの墓を参拝し、ホロコーストはなかったと発言するのと大差ない」

 □海外から見た日本

 ニューヨークに居を移して21年。外から日本に触れてきたからこそ見えるものがある。

 「日本国内の議論はガラパゴス化している。従軍慰安婦の問題もそう。誤報をした朝日新聞はもちろん反省が必要だが、周囲の朝日たたきは常軌を逸している」

 内向きの論理にとらわれ、見落とされる本質。

 「強制連行の有無を争点にしているのは日本国内だけだ。日本が女性を『Sex Slave(性的奴隷)』として扱ったことが覆るわけではない。安倍首相まで慰安婦問題を朝日新聞のせいにして、慰安婦そのものをなかったことにしようとしているが、『日本の名誉を傷つける』のは朝日新聞よりもむしろ、歴史から目を背けようとする態度だ」

 議論や合議によらず、知らぬうちに他者を排斥して進む熱狂なきファシズム。低温やけどは通常のやけどより重症化しやすく、そして、治りにくい。

 そうだ・かずひろ 1970年栃木県生まれ。ドキュメンタリー映画の代表作に「選挙」「精神」など。著書に「日本人は民主主義を捨てたがっているのか?」(岩波ブックレット)、「熱狂なきファシズム ニッポンの無関心を観察する」(河出書房新社)など。 

【神奈川新聞】ドキュメンタリー映画「選挙」「選挙2」で知られ、米国ニューヨーク在住の映画作家想田和弘さん(4日本の選挙の不条理を描いたドキュメンタリー映画「選挙」「選挙2」で知られ、米国ニューヨーク在住の映画作家想田和弘さん(44)は今の日本を眺め、言う。「民主主義をやめたがっているようだ」。自民党の憲法改正草案に全体主義志向を見て、特定秘密保護法案の強行採決や解釈改憲による集団的自衛権の行使容認が看過されたさまを「熱狂なきファシズムが進んでいる」と表現する。その真意は。

◆無関心と楽観主義

 「熱狂なきファシズム」の意味するところを同名の著書でこう説明する。

 〈安倍首相率いる自民党は、明らかに全体主義を志向する憲法改正草案を掲げ、それを一つの争点としながら、国政選挙で圧勝した。有権者は意識したかどうかは別として、結果的にはファシズムを目指す政党に国家権力を委ねた〉

 ただ、それを「ファシズム」と言い切るのはしっくりこないという。

 〈ファシズムという語にはある種の「熱狂」が伴うイメージがある。ヒトラーやムッソリーニや昭和天皇のように、カリスマとして祭り上げられた指導者と彼らを熱狂的に支持する国民がいる。しかし、安倍氏を熱狂的に支持する人はあまりいないし、投票率も戦後最低レベルだった〉

 考えをめぐらせていたころ、ある新聞社の記者から取材を受けた際にふと思いついたのが、「熱狂なき-」だった。

 〈現代的なファシズムは、目に見えにくいし、実感しにくい。人々の無関心と「否認」の中、低温やけどのようにじわじわと進行するものではないか〉

 自身はこの造語に日本が立たされた瀬戸際の状況と危うさに警鐘を鳴らす意図を込めたと語る。

 2013年の参院選でねじれ国会を解消し、衆参両院で実権を握ってからの安倍政権の歩みは「残念ながら、その心配が当たってしまっている」。

 特定秘密保護法案は十分なチェック体制の確立がされず、多くの問題を残したまま強行採決された。憲法で禁じられてきた集団的自衛権の行使は解釈改憲によって道が開かれた。

 「秘密保護法は民主主義を形骸化させかねない歴史の大転換とも言える法案だった。だが、安倍さんは自らの所信表明演説で何も触れなかった。日本の安全保障政策が根本から見直しを迫られる集団的自衛権も本来は憲法改正手続きが必要な問題。世論に問い、広く議論を巻き起こすべき問題なのに、自民党は極力議論を避けようとしている」

 だが報道機関による問題提起や追及の動きは弱く、有権者の反応も薄い。

 「無関心や『そこまでひどいことにはならない』という根拠のない信頼。そうして、低温やけどのようにいつのまにか傷を負っている。『少し熱いな』と放っておいて、気付いた時にはもう手遅れになっている。自民党はこの手法を明らかに意図的に、そして一貫して採っている」

◆表現の自由の危機

 自民党の改憲草案の中で特に全体主義の姿勢が示されているのが「表現の自由」を保障した憲法21条の改正案だと指摘する。

 現行の「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」に、改憲草案では「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」という条文が追加された。

 「もし自民の案が通れば『公益及び、公の秩序を害する』表現活動はできなくなる。時の政府が公益を害すると判断すれば、僕がいましゃべっていることを言うこともできなくなるし、神奈川新聞が政権に批判的なことを書くことも不可能になる」

 8月には自民党の高市早苗政調会長(現総務相)がヘイトスピーチ(差別扇動憎悪表現)の規制策を検討するプロジェクトチームの会合で、国会周辺のデモも同列に規制の対象とする案を提示し、市民団体などの猛反発を受けて撤回するという騒ぎがあった。

 「政権に都合の悪い国会デモをうるさいから規制対象にしようなんて、まさに全体主義の発想。でもやはりそれが本音なのだろう。本当に油断ならない」

 高市氏はその後、極右団体の男性代表と一緒に写真に写っていたことも明らかになった。麻生太郎副総理は7月の講演会で改憲に触れ、「ドイツのワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。あの手口を学んだらどうか」とナチス政権を引き合いに持論を展開。国内外の批判にさらされ、発言を撤回した。

 「欧米諸国には、日本がかつて天皇制ファシズムの下に侵略をした歴史を持つ国という認識が常にある」

 発足当初は経済政策優先とみられていた第2次安倍政権に対する見方は確実に変わってきているという。

 「安倍さんが『侵略の定義は定まっていない』と発言したり、英語で『War Shrine(戦争神社)』とも表記される靖国神社に安倍さんや閣僚が参拝したり、ナチスに関して肯定的な発言や行動をしたりする。それはドイツのメルケル首相がナチスの墓を参拝し、ホロコーストはなかったと発言するのと大差ない」

 □海外から見た日本

 ニューヨークに居を移して21年。外から日本に触れてきたからこそ見えるものがある。

 「日本国内の議論はガラパゴス化している。従軍慰安婦の問題もそう。誤報をした朝日新聞はもちろん反省が必要だが、周囲の朝日たたきは常軌を逸している」

 内向きの論理にとらわれ、見落とされる本質。

 「強制連行の有無を争点にしているのは日本国内だけだ。日本が女性を『Sex Slave(性的奴隷)』として扱ったことが覆るわけではない。安倍首相まで慰安婦問題を朝日新聞のせいにして、慰安婦そのものをなかったことにしようとしているが、『日本の名誉を傷つける』のは朝日新聞よりもむしろ、歴史から目を背けようとする態度だ」

 議論や合議によらず、知らぬうちに他者を排斥して進む熱狂なきファシズム。低温やけどは通常のやけどより重症化しやすく、そして、治りにくい。

 そうだ・かずひろ 1970年栃木県生まれ。ドキュメンタリー映画の代表作に「選挙」「精神」など。著書に「日本人は民主主義を捨てたがっているのか?」(岩波ブックレット)、「熱狂なきファシズム ニッポンの無関心を観察する」(河出書房新社)など。 

【神奈川新聞】4)は今の日本を眺め、言う。「民主主義をやめたがっているようだ」。自民党の憲法改正草案に全体主義志向を見て、特定秘密保護法案の強行採決や解釈改憲による集団的自衛権の行使容認が看過されたさまを「熱狂なきファシズムが進んでいる」と表現する。その真意は。

◆無関心と楽観主義

 「熱狂なきファシズム」の意味するところを同名の著書でこう説明する。

 〈安倍首相率いる自民党は、明らかに全体主義を志向する憲法改正草案を掲げ、それを一つの争点としながら、国政選挙で圧勝した。有権者は意識したかどうかは別として、結果的にはファシズムを目指す政党に国家権力を委ねた〉

 ただ、それを「ファシズム」と言い切るのはしっくりこないという。

 〈ファシズムという語にはある種の「熱狂」が伴うイメージがある。ヒトラーやムッソリーニや昭和天皇のように、カリスマとして祭り上げられた指導者と彼らを熱狂的に支持する国民がいる。しかし、安倍氏を熱狂的に支持する人はあまりいないし、投票率も戦後最低レベルだった〉

 考えをめぐらせていたころ、ある新聞社の記者から取材を受けた際にふと思いついたのが、「熱狂なき-」だった。

 〈現代的なファシズムは、目に見えにくいし、実感しにくい。人々の無関心と「否認」の中、低温やけどのようにじわじわと進行するものではないか〉

 自身はこの造語に日本が立たされた瀬戸際の状況と危うさに警鐘を鳴らす意図を込めたと語る。

 2013年の参院選でねじれ国会を解消し、衆参両院で実権を握ってからの安倍政権の歩みは「残念ながら、その心配が当たってしまっている」。

 特定秘密保護法案は十分なチェック体制の確立がされず、多くの問題を残したまま強行採決された。憲法で禁じられてきた集団的自衛権の行使は解釈改憲によって道が開かれた。

 「秘密保護法は民主主義を形骸化させかねない歴史の大転換とも言える法案だった。だが、安倍さんは自らの所信表明演説で何も触れなかった。日本の安全保障政策が根本から見直しを迫られる集団的自衛権も本来は憲法改正手続きが必要な問題。世論に問い、広く議論を巻き起こすべき問題なのに、自民党は極力議論を避けようとしている」

 だが報道機関による問題提起や追及の動きは弱く、有権者の反応も薄い。

 「無関心や『そこまでひどいことにはならない』という根拠のない信頼。そうして、低温やけどのようにいつのまにか傷を負っている。『少し熱いな』と放っておいて、気付いた時にはもう手遅れになっている。自民党はこの手法を明らかに意図的に、そして一貫して採っている」

◆表現の自由の危機

 自民党の改憲草案の中で特に全体主義の姿勢が示されているのが「表現の自由」を保障した憲法21条の改正案だと指摘する。

 現行の「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」に、改憲草案では「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」という条文が追加された。

 「もし自民の案が通れば『公益及び、公の秩序を害する』表現活動はできなくなる。時の政府が公益を害すると判断すれば、僕がいましゃべっていることを言うこともできなくなるし、神奈川新聞が政権に批判的なことを書くことも不可能になる」

 8月には自民党の高市早苗政調会長(現総務相)がヘイトスピーチ(差別扇動憎悪表現)の規制策を検討するプロジェクトチームの会合で、国会周辺のデモも同列に規制の対象とする案を提示し、市民団体などの猛反発を受けて撤回するという騒ぎがあった。

 「政権に都合の悪い国会デモをうるさいから規制対象にしようなんて、まさに全体主義の発想。でもやはりそれが本音なのだろう。本当に油断ならない」

 高市氏はその後、極右団体の男性代表と一緒に写真に写っていたことも明らかになった。麻生太郎副総理は7月の講演会で改憲に触れ、「ドイツのワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。あの手口を学んだらどうか」とナチス政権を引き合いに持論を展開。国内外の批判にさらされ、発言を撤回した。

 「欧米諸国には、日本がかつて天皇制ファシズムの下に侵略をした歴史を持つ国という認識が常にある」

 発足当初は経済政策優先とみられていた第2次安倍政権に対する見方は確実に変わってきているという。

 「安倍さんが『侵略の定義は定まっていない』と発言したり、英語で『War Shrine(戦争神社)』とも表記される靖国神社に安倍さんや閣僚が参拝したり、ナチスに関して肯定的な発言や行動をしたりする。それはドイツのメルケル首相がナチスの墓を参拝し、ホロコーストはなかったと発言するのと大差ない」

 □海外から見た日本

 ニューヨークに居を移して21年。外から日本に触れてきたからこそ見えるものがある。

 「日本国内の議論はガラパゴス化している。従軍慰安婦の問題もそう。誤報をした朝日新聞はもちろん反省が必要だが、周囲の朝日たたきは常軌を逸している」

 内向きの論理にとらわれ、見落とされる本質。

 「強制連行の有無を争点にしているのは日本国内だけだ。日本が女性を『Sex Slave(性的奴隷)』として扱ったことが覆るわけではない。安倍首相まで慰安婦問題を朝日新聞のせいにして、慰安婦そのものをなかったことにしようとしているが、『日本の名誉を傷つける』のは朝日新聞よりもむしろ、歴史から目を背けようとする態度だ」

 議論や合議によらず、知らぬうちに他者を排斥して進む熱狂なきファシズム。低温やけどは通常のやけどより重症化しやすく、そして、治りにくい。

 そうだ・かずひろ 1970年栃木県生まれ。ドキュメンタリー映画の代表作に「選挙」「精神」など。著書に「日本人は民主主義を捨てたがっているのか?」(岩波ブックレット)、「熱狂なきファシズム ニッポンの無関心を観察する」(河出書房新社)など。 

【神奈川新聞】