沈黙の春(新潮文庫) Kindle版
レイチェル・カーソン (著), 青樹 簗一 (翻訳)

 

センス・オブ・ワンダー』を読んで『沈黙の春』を読んでないのでは片手落ちです。この本はエッセーとは違い、実際に起こったことを科学的に説明した内容でした。アメリカでこんなことが起きていたなんて驚きでした。

戦時中、爆撃機で日本を絨毯爆撃をしたように、戦後アメリカでは飛行機を使い殺虫剤を絨毯爆撃のように虫たちに浴びせました。
ところが虫だけを殺すだけではなく、川の魚それを食べた鳥たち、そして自分たちまで苦しめることになったのは皮肉なことでした。
1950年から1960年の出来事で自分が生まれる5年前から5歳までの間で、読んで見て初めて知った話でした。

この本を読んでいると自分の子供の頃のことを思い出します。
そして化学薬品だけではなく自分を取り巻く環境の体験談を書きたくなりました。

1.子どもの頃の自然と虫たち
子供には殺虫剤や化学薬品のことなど全く意識することもなく、虫は友達でした。
当時は長崎県佐世保市の弓張岳の麓に住んでいました。
近くには佐世保川も有り海と山、自然には事欠きません。
家の近くに墓地が有り、その周りには木が生い茂り、蝉の繁殖場所としては最適で夏はいつも蝉取りをしていました。
自宅アパートの網戸にクワガタが来てくれたことも有りました。

2.喘息と煙害の体験
ただ私は小児喘息が有っていつも苦しめられ、走ると喘息が出るので運動も出来ませんでした。
小学校の低学年まで月に2から3回喘息にかかってました。

1960年くらいに四日市喘息がニュースで話題になってましたが、近くには空気を汚す工場もなく、原因が分かりませんでした。
中学生から高校生になると、かなり体力が付いて運動も出来るようになり、喘息で寝込むことが無くなりましたが、なぜか明け方に咳込んで、苦しくなることが有りました。

そして大学を卒業して就職で東京に行きました。
少し喘息は心配でしたが、その当時、空気の悪い東京なのに症状は出なくなりました。

ところが里帰りして、実家に泊まるたびに、明け方に咳込んまた症状が出ます。
そこで何が問題なのか、もしかして線香の煙がダメではないかと考えました。

3.環境汚染と社会の動き
線香は私が小さい時、喘息で苦しむので4歳くらいから、母親が宗教を始め、朝昼晩に線香を炊きます。
また家で週末、会合が有り、その時、男の人は必ず煙草を吸います。
そして週明け、月曜日から体調が悪くなっていました。

今考えれば、ずっと煙害に苦しめられていたのです。
線香、たばこ、当たり前のように身近にあったものです。
当然たばこは、気管に良くないと思っていたので、自分で吸ったことも有りません。
家の中の線香の煙は公害としては扱われないですが、私にとっては確かに公害でした。

そして社会人になっても何回かタバコが原因で喘息になりました。

2002年に受動喫煙防止が「努力義務」として導入されて、やっと私の周りから煙が無くなりました。
また町会による一斉殺虫剤散布も、2000年代に入ってから徐々に廃止され、2010年代前半には多くの自治体でなくなりました。
更に「東京都の排ガス規制(ディーゼル車規制)も、2003年からです。

医者にはアレルギー体質だと言われましたが実はアレルギーを引き起こしていたのは環境でした。

4.終章
『沈黙の春』を読んだことで過去のいろいろな経験がよみがえりました。
今、特に感じることはスズメがほとんど見えなくなったことや、夏、小さな公園から蝉以外の虫が消えてしまったことです。

ところが、人の手が入らず放置された空き地では、雑草の中にバッタやトンボ、コオロギなど、かつて身近だった虫たちがたくさんいました。
その空き地は、娘の家の隣にあり、孫がバッタを捕まえて遊ぶ唯一の場所でもあります。親にとっては玄関に虫が入ってくるのが困りものでも、子どもにとって虫は仲間なのだと、昔の自分を思い出しました。

地球温暖化だけでなく、私たちの生活の中での小さな変化が、生態系を静かに狂わせているのかもしれません。
生態系の変化は、熊の出没のように人間の生活にも影響を及ぼし始めています。これからは、熊との共存や、普段は見えない虫たちとの共存についても考えていかなければならないと感じました。

『沈黙の春』と『センス・オブ・ワンダー』は、そんなことを深く考えさせてくれる本でした。
これからは孫や子供たちに自然の楽しさや不思議さを伝えていきたいですね。
感性を失わなければ、未来はきっと変えられるはずです。

Copilot作