生きていると,突然大きな出来事があって,自分のゆく方向をぐいっと変えられてしまうことがある。
そこで方向性がさだまるけれど,その方向は決して間違っていない,最終的に君を良い方向に導く。
その方向に進むには
すごく大きな山を越えなければならないかもしれないし,試練もあるが
取り組むに値することだ。
根っこが定まっていれば,その方向がどちらなのかわかっていなくても,取り組んでいたら,必ず山は越えて
後から意味がわかってくる。
光が射すから
大丈夫。
先週,実家の父が亡くなりました。
がん闘病中ではあったのですが
まだ自宅で何とか日常の暮らしを送る中,新たな治療のための準備をしていたところで
あまりに突然すぎて呆然としてしまいました。
まだ,冗談であってくれればと思います。
そんな中
夫がかけてくれた言葉です。
夫は別にスピリチュアルでもなんでもない一介の勤め人ですが
自分自身のこれまでの経験をそのような言葉にして持っている人です。
人の生死も,生き方も,
自分自身の顕在意識でどうにもならない部分はどうしてもあり
方向性を定められてしまう。
それは,様々なタフな状況を連れてくるけれども
最終的には,自分にとって必要な,進む道なんだろうなと,思います。
7月,8月はゆるりと過ごし
9月には活動再開を予定しております。
皆様もどうぞ,良い夏を。
