下関は住みよい街だ。

地震や風水害が少ない。年間を通じて寒暖差が小さい。海の幸・山の幸にこと欠かず食材にめぐまれている。新幹線や高速道路へのアクセスがよい。空港へもさほど遠くない。おおむね不満はないのだが、個人的には残念なこともある。ジャズ喫茶がないことだ。

山口大学医学部卒のジャズ好きにはわかるだろうが、山口にはポルシェ、宇部にはボブという老舗のジャズ喫茶がある。うらやましい限りだ。両店とも今も健在なのが救いである。

さる8月某日、湯田温泉・かめ福オンプレイスで開催された山口県医師会主催・臨床研修医交流会に出席した。わざと早めに入り、開宴までの時間をぬって、ポルシェにぷらりと寄った。実に久しぶりに。

その日の夜はライブがあるらしく、セッティングをするミュージシャンたちを眺めながら、昔と変わらぬスピーカから流れるサウンドを楽しむ。1時間ほどの至福の時を過ごしてチェックアウト。すっかり白髪となったママは私の顔を覚えていてくれて、帰り際に短い会話ができた。

「マスターはお元気ですか。」

「亡くなった。10年前。」

ああ、それはそうだろう。それだけの時間が過ぎたのだ。ママの達者とお店の永続を願いながら、晩夏のきびしい暑さを引きずる夕日の下を、交流会会場へと向かった。

(2023年10月)