呉の孫権の時代に 李信純という人がいた
襄陽郡紀南県(湖北省)の人である
家に黒竜という犬を飼っていたが ことのほか可愛がって いつもそばにおき 食事のときには何でも分けてやるほどであった
ある日 信純は城外で酒を飲み すっかり酔ってしまった
家までも帰り着けずに草の中で寝こんでいると
そこへ太守の鄭瑕が猟に出ていて 田の草が茂っているのを見たから 従者に命じて火をつけさせた
信純の寝ていたところは、ちょうど風下にあたっていた
犬は火が燃えて来るのを見て 信純の着物をくわえながら引っぱったが信純のカラダはびくともしない
寝ている場所のそばに谷川があって 四、五十歩へだたっていたのだが 犬はそこへ走って行くと水の中へ飛び込み 濡れたカラダで主人の寝ているところへ馳せもどると そのまわりで身ぶるいをし 水をまいて歩いた
こうして主人の大難を救うことができたのだが 犬のほうは水運びに疲れ果てて 主人の脇に倒れたまま死んでしまったのである
やがて信純が目を覚まして見れば 犬はもう死んでいるし カラダ中の毛が水浸しになっている
どうした訳かと不思議でならなかったが 火の燃えたあとを見て事情をさとり 声をあげて泣いた
このことが太守の耳にはいったから 太守も哀れに思って
「犬の報恩は 人間よりも立派である
恩を知らぬ人間は 犬にも劣るであろうぞ」
と 直ちに命令をくだして棺や帷子をそろえさせ この犬を葬ってやった
いまでも紀南県には高さ十丈あまりの「義犬の墓」がある
[参考文献] 捜神記 干宝 竹田晃 訳 平凡社