上映されたらすぐ観に行こうと思っていたが、遅くなってしまった。
その前に原作を読んでみた。
良い意味でも悪い意味でも匂い立つ小説、世界45ヶ国で1500万部を売り上げた驚異のベストセラー『香水 ある人殺しの物語』は、どう映像化されるんだろう。
18世紀のパリ。
悪臭立ちこめる魚市場で一人の子どもが産み捨てられる。
名をジャン=バティスト・グルヌイユ(ベン・ウィショー)。
彼は一切の体臭を持たない代わりに驚異的な嗅覚を持っていた。
ある時グルヌイユは、偶然出会った女の芳香に取りつかれ、その香りを手に入れるために調香師(ダスティン・ホフマン)に弟子入りし、日々香水造りに没頭する。彼の生み出す香水は人々を魅了するが、彼が求める香りは別のものだった。パリからグラースへと移動したグルヌイユは、その地で資産家アントワーヌ・リシ(アラン・リックマン)の愛娘ローラ(レイチェル・ハード=ウッド)に、彼の求める匂いを見出す。
~その香りに、世界はひれ伏す~
ネタばれ![]()
衝撃的な映画だわっ![]()
背筋がゾッとする程の悪臭や人間の体臭を意識させ、匂いの世界に思いを馳せる。
しかしながら異常な連続殺人の話なので、決して気分がいい訳ではない。
人体標本を作ったエドワード・ゲイン、少年の人肉を主食としたジェフリー・ダーマー、娼婦を狙った切り裂きジャック・・・自分勝手な異常な目的から殺人を犯す人間の心理は計り知れない。
だが、この映画の主人公ジャン=バティスト・グルヌイユが殺人を重ねた目的は、他のどれとも異なっている。
匂いだ![]()
グルヌイユは、成熟直前の処女の匂いを取り出す目的のために25人も殺した(最初の殺人を含めば26人)。だが彼には、そもそも『殺人』を犯しているという意識があったのか?
香水を作るための薔薇やラベンダーと、処女たちとの間に、彼にとっては何の違いもなかったのかもしれない。匂いを取り出す作業を静かに行う為だけに殺してしまったのだろう。
そこにはグルヌイユの罪の意識は感じられない。
そして、それこそが私の心をざわつかせる。
彼は一体何者だったのか。。。
一切の愛情のない劣悪な環境の中で虫けらのように生き、疎まれ孤独であったグルヌイユが、唯一貪欲であったのが匂いだった。だが、彼自身には全く匂いがなかった。彼にはあるべき体臭がなかったのだ。
あらゆる生き物にある匂い。それが欠如していたことは、グルヌイユが他の何者とも異なることを示している。そしてどこか不吉で邪悪なものを感じさせる。
それは、彼と関わった者が皆不慮の死と遂げてしまうこととも関係があるようにも思える。
では、匂いとは何なのだろう。
匂いは愛情や性、記憶と深い関係を持っている。それは嗅覚が、脳で最も古い大脳辺縁系に属しており、生命の極めて根源的な感情、性欲、食欲などの本能を司る箇所と非常に密接に関わっているからだ。(パンフレットより抜粋)
では、グルヌイユは、己は遥か彼方の匂いを嗅ぎ分けられても、自分自身に愛情や性欲や食欲は望めずに生きていたのか。。。
小説では、グルヌイユを「生まれながらの極悪人で根っからの悪意のある人間」として表現していた。そこには、作者の意図的な蔑視すら感じた。だが、どうも腑に落ちない感じがしていた。
一方映画のグルヌイユは、残酷で不気味であってもどこか哀れに思えた。
それは、彼を特異な体質と環境に生まれた不遇な一人の男として描いているからだろう。
私は、映画の描き方の方が好きだ。
最後に絶望の中で、自らをこの世から消し去る決心をした理由もその方が頷ける。
「もし望むなら、すべてが意のままである。そのための力を持っている。(注・究極の香水のこと)~金の力よりも、暴力よりも、死の力よりも強力で、並びないもの。愛を生み出す、その巨大な力。それでも、ただ一つだけ、この力によってもままならないことがあった。自分自身の匂いを発散させることはできない。~だからしてこの自分がはたして何ものなのか決してわかりっこないとしたら、しょせんこの世に、自分に、香水に、いかなる価値があるというのだ?」(小説・本文より)
そうしてグルヌイユは、まるで存在しなかったように跡形もなく消えうせる。始めから生など受けなかったかのように・・・
この映画は、原作の持つ異様な雰囲気と、否応なく突き付けられる匂いの洪水を見事に映像化していると思う。監督はドイツのトム・ティクヴァ。原作がドイツの作家である事を考慮すれば、スコセッシやスピルバーグが映画にするよりも良かったのではないか。
そしてグルヌイユを演じたベン・ウィショー。
彼の演技は素晴らしかった。もう彼以外がグルヌイユを演じることなど考えられないほど見事だったと思う。困った事に、これから彼の違う演技を観ても、グルヌイユに見えてしまいそうな気がする(笑)
それから脇を固める香水調合師のダスティン・ホフマンと、ローラの父アラン・リックマンは、言うまでもなくいい味を出していた。
彼らが鬘を被った姿も、ハンカチを振る姿も、嘆く姿も安心して観ていられる。
ところで、映画のCMでも流れているが、処刑を迎えるグルヌイユが、大衆の面前に現れるシーンは圧巻だ。結末が分かっていても、固唾を飲んで見守ってしまった(笑)
実に醜悪な狂宴である・・・・・。
あの時流したグルヌイユの涙に私は思った。
「彼は何か異質なものではあるが、確かに人間だったのだ」と。
(創作の人物・グルヌイユについて考え込んでしまいました(笑))
